週明け一番、サーバーダウン
少しずつ気温が上がり始め、薄手のコートも必要ないかもしれないと思い始めた頃。つまり、新年度が始まって早々アクシデントは起きた。
「ちょっと、どういう事ですか、これ」
祥順は思わず千誠に詰め寄った。彼は無表情で答える。いつも浮かべている穏やかな笑みはない。
「サーバーが落ちました。
いつも担当してくれている綾瀬さんが体調不良で休んでいるので、お手上げです」
詳しく聞いてみれば、週末には何ともなかったサーバーが今朝出勤してみればブルースクリーンどころかブラックアウトしていたらしい。とりあえず、比奈子が出社しない事を知っていた千誠が再起動をしてみた訳だが、数分もしない内にフリーズしてしまう。
何度やっても変わらない。
サーバーの接続状況を確かめた所、サーバー上のフォルダにはアクセスできないが在庫管理等のアプリケーションを通せば接続はできている事が分かった。
つまり、一応サーバーのネットワークは生きているという事である。
パソコンの知識が人並みの千誠に分かる事はそこまでだった。
「カジくん、確かパソコン詳しい方でしたよね?」
「綾瀬さんほどじゃないですが……そこそこ、ですね」
千誠の言いたい事は分かった。祥順は恐らく今動けて、最低限の動きができる人間が自分しかいない事を察した。問題は祥順がどこまで対応できるかである。
祥順は仕事の効率化を図る為、比奈子が作ったVBAに口出しをしていた。彼女が休んでいる時にパソコン関連の不具合対応をしているのも祥順だ。
確かに比奈子からいろいろと教えてもらっていて、一般的な表計算ソフト等しか使わない人よりは詳しいだろう。
だが、それとサーバー管理はまた別だ。
普通のパソコンとサーバーのパソコンに入っているOSがそもそも違う。
操作性はほとんど同じだが、サーバー特有のアプリケーションが多数入っているのだから、そういった方面でのエラーだったら祥順は完全にお手上げ状態だ。
今回はサーバーに導入しているSQLを使ったアプリケーションはクライアントPCで通常通りに動くという事だから、OS側の不具合である可能性が高い。
とはいえ、使用頻度の高いアプリケーションに問題がなくても、他のアプリケーションに問題がないとは限らない。
「とりあえず、ITサービスの担当者と原因の確認を急ぎます。
業務が完全に止まってしまうので、しばらくは誰かに私の分は割り振っていただけますか?」
ここで自分が“できる、できない”を考えていても何も進まない。やるしかないのだ。祥順の視線を受け止めた千誠は頷いて、今日の業務は気にしないで良いと言い切った。
祥順は気を引き締めてメモ帳とペンに携帯端末だけを持ち、早速サーバーのあるブースへと足を向けた。
「カジくん、お昼休憩は大切だよ」
浩和にそう声をかけられたのは、午後一時を回った所だった。
長時間サーバーの機能を止める訳にはいかず、セーフモードでの起動も時間を区切って細切れになってしまう為、なかなか原因の究明までいかない。
いくつか分かったのは、エラーログで特徴的なエラーがでていた事と、それを見た結果どうやら再起動だけでは解決できないだろう事である。
ITサービスの担当者は丁度今日は出向の日だったらしく、こちらには来れないという事だった。進展があれば連絡し、祥順の考えが間違っていないかを確認する。
そして短時間でできそうな作業を指示してもらう。
サーバーを止めて外部に支障の出る作業のだいたいが午前中で終わる為、今休憩に出て戻れば丁度良い時間になるだろう。
「すみません、今出ます」
浩和がそこまで考えて声をかけてきたのかは分からないが、タイミングが良い。祥順は気分転換も兼ねて、浩和と昼の休憩を取る事にした。
「大変な事になっちゃったね。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。たぶん……」
ただ浩和の後をついて行けば、ミーティングブースに辿り着いた。中に入ると近くにあるカフェの袋が置いてある。
「勝手に選んだから好きな方取って」
きょとんとする祥順を放置して浩和は席に着く。そして二つある飲み物の一つを手に取ってから付け足した。
「飲み物はカフェラテだからどっちを取っても変わらないよ」
祥順は残った方に手を伸ばす。プラスチックのふたを開けて中を見れば、ふんわりとコーヒーの香りが広がった。
午前中ずっと慣れない画面を見つめ続け、緊張していた気分が綻んでいくようだ。コーヒーの香りでほっとしてから袋の中を覗き込んだ。
入っていたのはサンドイッチだった。細長いバンズにローストビーフと野菜が挟まっているものと、ターキーに卵フィリングが乗っているものだ。
もう一つの袋にはフライドポテトが入っていて、しっかりとランチセットになっていた。
「しっかり食べて、思考と気分をリセットしてもらおうと思ったんだ。
でも、出かけたくはないだろ?」
「よくそこまで気付きましたね……」
祥順はターキーのサンドイッチを手に取った。彼のマメさには脱帽するどころか呆れてしまいそうだ。
浩和は笑顔のまま残ったローストビーフのサンドイッチを取り出す。
「ファーストフードを買い込んでおいて、カジくんが食べないって言ったらどうしようかな……と、少しドキドキしたよ」
浩和な大きく口を開けてかぶりつく。新鮮でシャキシャキとした野菜の歯応えが聞こえてくる。音だけでも美味しい。
「滝川さんが誘ってくれるなら、いつでも行きますよ」
余程の事がなければ、と続ければ浩和が笑う。
「嬉しいなぁー」
「こうして気遣ってもらえるの、俺は嬉しいから良いんですけど」
浩和に見習って、大きく口を開けた。ターキーの香ばしさと野菜の食感が祥順の口内に広がった。うん、美味い。
緊急の業務から離れた会話に、祥順の顔に笑顔が戻り始めていた。




