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書類不備です。  作者: 魚野れん
バレンタイン戦線

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鮭粥とほうじ茶と掃除大作戦

 もう1度、鮭をひっくり返し直したい気持ちになるが、辛抱強く待つしかないと自分に言い聞かせる。祥順は鍋に視線を戻して鮭から気を逸らそうとした。

 ご飯が粥になっていく様子を見るのは、結構退屈な作業だった。一度、粥の火を止め、少し片付けをしようと思い立つ。使ったまま戻し忘れていたものを、元の場所に戻す作業を始める。

 浩和に言われるようになってから、前よりは片付ける能力が備わってきているらしく、祥順が思っていたよりも少なかった。キリの良い所で鮭の様子を確認すると、順調に焼けてきていた。


 祥順は解凍が進んで真まで箸が通りそうだと判断すると、切り身の真ん中を箸で切った。中はまだ生である為、ほろりと言うよりはぐにゃりとした感触だった。

 半分になって扱いやすくなった鮭をひっくり返す。いい具合に焼き目がついていた。身の多い背の方はそのまま粥の上にトッピングする事に決めていた祥順は、腹の方の骨を取りながら焼けてきている部分をほぐし始めた。

 本当は全部焼けてから行うもののはずだが、祥順は手間を省く事に決めたのだ。身が小さくなれば熱も通りやすい。

 少しでも早く調理できるかもしれない。そう考えたのである。


 祥順は、自分以外にこれを食べる人間がいない事をこれ幸いにと、ぐちゃぐちゃになるのも厭わずに半生の部分までほぐしていく。

 浩和が見たら、きっと慌ててその行為を止めに入る事だろう。

 フライパンの中で残念な姿へと変わっていく切り身の半分は、祥順の狙い通りに火が通っていった。自らの油でぱちぱちと音を立てる鮭の皮は、どんどんと硬くなっていく。

 鮭の皮は、そうなってくると簡単に身から分離できるようになる。祥順は鮭の皮を箸で摘んで引っ張った。

 脂をクッションにしていた皮は温かくなって柔らかくなっており、すんなりと身と皮が離れていくのを許してしまう。皮は皮でもう少し焼いてカリカリにする事に決めていた祥順は、そのままフライパンの上に皮を放置した。


 皮がフライパンに接している部分に油が集まり、ぱちぱちと弾けるような音をさせている。その音をBGMに、ほぐしたと言うには少しばかり見た目が汚くなった鮭の身を鍋へと移動させていった。

 鍋に再度火を付けてかき混ぜる。粥の汁がぱりぱりになって鍋の内側に付いていたが、それはかき混ぜている内に溶けて消えていった。

 次第に乳白色の粥が色づいていく。鮭の橙色が混ざり、暖かみのある色味に変化していっているのだ。


 沸々と煮える粥をそのままに、祥順はトッピング用に残している鮭の様子を確認する。身が小さくなったおかげか、しっかりと焼き上がっていた。

 祥順の口角がきゅっと上がる。鮭粥は祥順が思っている以上に時間がかかってしまっていた。そろそろ祥順の胃袋が限界だ。

 両方の火を止め、食器棚からどんぶりを取り出して持ってくる。鍋の粥をどんぶりに流し込む。鍋の中身を全てあけると、大盛りになった。

 少し作りすぎたかな、と祥順はのんびり考えながら、その上に焼き上がった鮭の身を乗せる。カリカリになった皮は別に持ってきた小皿に乗せた。


 テーブルに持って行き、食べ始める。特に調味料は加えていないが、昆布の出汁と鮭の塩分が丁度良い具合だった。カリカリの皮は温かい内に食べてしまう。酒のつまみになりそうな程、うまみがあった。

 粥の方は薄かったら塩でも加えればいいかぐらいに考えていた祥順だったが、塩を加える事なく食べ終えてしまう。

 量が多いくらいの粥は、全て祥順の腹の中にしっかりと収まった。

 満腹になった所で、ほうじ茶をいれる。和食にはやっぱり食後にほうじ茶を啜りたい。祥順は適当に蒸らしたほうじ茶を啜った。

 のんびりとしていられる時間はそう長くはなかった。しばらくしない内に、洗濯終了を知らせる電子音が祥順の耳に届いたのだ。ほうじ茶の入っているマグカップから唇を離し、小さく息を吐いた。


 残りのほうじ茶をくいっと一気に飲み干した祥順は洗濯物を干す為に立ち上がる。慌てたつもりはなかったが、テーブルの角に身体をぶつけて小さくカエルのような悲鳴を上げた。どんぶりや小皿達はテーブルの上で少しだけ跳ねていた。

 丁度ぶつかったのは骨盤のあたりで、眉間に皺を寄せて眉尻を下げながら掌で撫でさする。少し撫でた位では痛みは引きそうになかった。




 痛みを我慢して洗濯物を干し終えた祥順は、ソファに倒れ込んだ。青アザになっているかもしれないな、とうんざりした気持ちで痛みを感じる部分を見つめた。

 風呂に入るのは、もう少し先だ。棚や窓の冊子等に積もり始めた埃を取らなければならないのと、夕食の後片付けがまだだ。それに、洗濯物を浴室で干している。

 洗濯機である程度乾燥させているとはいえ、簡単に水気は飛んでいかない。換気乾燥という素敵な機能があるという事を浩和から教えて貰っていた祥順は、浴室でそれを行っている。

 まだ湿っぽいなと感じる程度の水気を取り除くには限界がある。祥順のやり方が下手なだけかもしれないが、洗濯機の中で完全に乾燥させようとすると、シワだらけになってしまう。

 だから、面倒でもちゃんと干して乾燥を仕上げるのだ。


 乾燥するまで、最低でも一時間以上は必要だ。その間、祥順は黙々と埃を取っていく。浩和のチェックに耐えられるかどうかを祥順自身も確認し直す。

 掃除は上からが鉄則だ。埃を取り終わった祥順は床に掃除機をかけていった。

 リビングと自室の埃取りを完全に終えた祥順は水回りの掃除に取り掛かる。まずはキッチンだ。夕食の後片付けから始め、コンロの汚れを取り、シンクにこびりつき始めていた汚れを磨き落としていく。

 排水溝の汚れも綺麗にすれば、いい時間潰しになった。洗面台も同じように掃除をしていく。

 普段はあまり鏡を磨き上げたりしないのだが、ついでだと思い、古着を使って磨いていく。適当な大きさに切った端切れを濡らして念入りに鏡を磨き、乾いたままの端切れの方で拭っていった。

 水が跳ねた跡が気になる鏡は、祥順が見る限りは新品のような鏡に戻っていた。

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