季節外れのベラベッカ作り
ベラベッカに使うフルーツの基本は洋梨やイチジク、レーズンらしい。洋梨パンという名だけあって、洋梨は欠かせないだろう。最近ではベリー系を中心にしたものなどバラエティーに富んだ様々な種類があるらしい。
浩和は、紗綾がベリー系を好んでいる事を鑑み、ベリー系のベラベッカを作ろうと考えていた。クランベリーとブルーベリー、それにアプリコットとオレンジ。
オレンジは普通のオレンジピールとオレンジコンフィを用意しておいた。普通のオレンジピールは生地用で、オレンジコンフィは飾り用である。ベリーだけというのも考えたが、それだとつまらない。
もちろんそれは浩和の気持ち的な問題であるが、紗綾が食べるのである。単調なものを贈れば、きっと何か言われるだろう。
浩和はセミドライポワールとクランベリー、ブルーベリー、アプリコットにオレンジを瓶へと入れ、キルシュを加える。もちろんベリー系はオイルコーティングされていた為、コーティングを取り除いて水気を切っておいた。
フルーツの比率は二種類のベリーが多めになるようなバランスにして、あくまでもベリー系になるようにしている。
少し悩んだが、オレンジコンフィは単品で少量のキルシュに漬けた。普通にトッピングするだけでも十分かと思った浩和は、キルシュが余っていたから「まあ、勿体ないし使うか」という軽い気持ちで漬け込む事に決めたのである。
祥順とベラベッカを作ろうと約束したのは来週の週末。ちょうど十日後だ。実店舗でセミドライポワールを探すのが難しく、インターネットで取り寄せたから間に合うかひやひやしたものだ。最低一週間は漬け込みたかったが、幸運な事に準備ができたのはそれよりも少し早かった。
キルシュでひたひたになったフルーツを見つめ、浩和は微笑んだ。きっと祥順は洋酒漬けを作った事も、作っている最中のものも見た事がないだろう。この瓶を見たら喜ぶに違いない。
フルーツの糖分がキルシュに反応してゆらゆらと周囲を歪ませている。本当に楽しみだ。
「わ、すごい!」
浩和の期待通り、喜びの色を露わにした祥順の第一声はそれだった。わくわくして、既に食べたそうにしている。そう言えば、祥順は食べる事が好きなようだ。食べられれば良いというよりも、美味しければ食べたいという感じで、いつも浩和の作る料理を美味しそうに食べてくれる。
「クランベリーとかの小さい奴、一粒なら良いよ」
「良いんですか!」
声が弾んでいる。相当興味があるらしい。
フルーツを取り出して軽く水気を切る。アルコールが鼻を軽く刺激した。少し甘ったるい雰囲気があるのは、フルーツを漬けておいたからだろうか。
フルーツについているアルコールはキッチンペーパーで吸い取る。浩和がそんな作業をしている間、祥順は意気揚々と他の材料を量っていた。強力粉、スパイス、ドライイースト、塩、砂糖、牛乳にスキムミルク。種類は多いがそれぞれの使用量は多くはない。むしろ少ないせいで量りにくいだろう。
指定した量を用意するのは得意らしく、祥順は手早く順調にラップで包んでいた。適当な大きさの皿を計量器に乗せ、ラップを敷いて量る。計り終えたらラップの端を持ち上げてくるむ。そうすれば無駄な洗い物を減らす事ができる。
ラップでできた小さな袋がどんどん増えていく。浩和の方は水気を取り除いたドライフルーツを器に移している。フルーツがメインの菓子である為、水気を取るだけで結構時間のかかる作業だ。
キルシュを吸い取ってしっとりと冷たくなったキッチンペーパーを捨てて新しいものと交換しながら祥順の様子をちらちらと確認する。そろそろ全ての材料を計り終える所だった。
「生地を作ろうか」
「はい」
祥順はパンを作った事がない。パンをしょっちゅう作る人間は少ないと思うし、作った事がないと言われても驚かない。ちゃんと発酵させるコツがあるからそれだけは説明しなければ。
「牛乳を軽く温めよう。
それにドライイーストを加えて材料と混ぜ合わせていくから熱くしすぎないでね」
「えっと、ぬるいくらいで良いんですっけ?」
「そう」
祥順の言葉に答えてから小さめのガラスボウルを取り出した。今回作るパン生地はそんなに多くない。普通のサイズのガラスボウルは大きすぎるのだ。フルーツを加える頃には普通サイズのものに変えるが、それまではこっちを使う。
祥順が慣れた手つきで適当な温かさになった牛乳へドライイーストを加えてかき混ぜる。その間に浩和はガラスボウルへ、パン生地の材料をどんどん入れていった。
材料の中心にくぼみを作り、そこを目指してドライイースト入りの牛乳が注がれる。浩和は牛乳がなくなったのを見て手を突っ込んだ。粉が飛び散らない程度に牛乳と粉を混ぜる。
最初はベチャベチャと水気が強いが、粉が牛乳となじんでいくにつれて少しずつねっとりとした固まりへと変化していく。
まとまってきた所で、浩和はそれをボウルへと叩きつける。近くにある食器が揺れてびりびりと音を立てていた。パンの種となったそれを軽く形を整え、ふんわりとラップをかけてガラスボウルごと電子レンジに入れる。
これから少なくとも三十分は発酵タイムだ。
三十度で、三十分でスイッチを押す。三十分経ってもパンの種が膨らんでいなかったら延長する。だいたい二倍が目安だが、正直言って膨らんだ状態のパン生地が本当に二倍の大きさかなんて分からない。
そこは浩和の感覚で決める。
「これだけの作業で膨らむものなんですね……」
何も言わなければずっと電子レンジに張り付いていそうな勢いの祥順は、しみじみと呟いた。電子レンジの中は暗く、ずっと見ていたい程に変化があるわけでもない。浩和は祥順にナッツ類の処理を頼む事にした。
浩和はアーモンドとクルミの他に、ピスタチオを用意していた。それらをちょうど良いサイズにするのだ。袋に入れたまま、麺棒で叩いていく。クラッシュナッツの方が食べやすいだろうし、何よりも生地に馴染みやすい。
焼いている最中にぽろりと取れてしまうと、変なへこみができてしまう。素材自体に凹凸が多ければパン生地が凹凸にくっつき、そうなりにくい。と浩和は思っている。
祥順が順調にクラッシュナッツを作っているのを見ながら、フルーツの処理を再開した。




