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書類不備です。  作者: 魚野れん
バレンタイン戦線

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明寧の牽制と適当な祥順

 翌日、洗濯物を干し終えた浩和の端末にメールが入っていた。意外にも明寧からのものであった。

「昨晩もごちそうさまでした」とタイトルの入ったそれを開くと、浩和は苦笑した。何の事はない、紗彩とは別れたのだからもう少し距離を取ってくれという内容だったのだ。


{別に私はあなたの事が嫌いな訳ではないし、あなたが紗彩に対してそういう気持ちを全く持っていないのも分かってる。

 でも、あまりべたべたされると困るんだ。

 私は根っからのビアンだけど紗彩はバイだから。

 勿論紗彩を信じてる。とはいえ絶対に揺らがないとは限らないでしょ?

 もっと、タキ君の中にいるカジ君が大きくなれば良いのに……

 そうじゃなければ、早く誰か新しい恋人でも作れば良い。

 私がそう思っている事、知っておいてほしかった。

 もう一度書いておく。

 私は、あなたを好ましいと思っているし、仲良く友人としてやっていければ良いと思っている。

 でも、紗彩は私のだから。覚えておいて。}


 思ったよりも長い内容だった。それだけ明寧が紗彩を思っているのだと分かる。別れてから紗彩とどうこう、と考えた事は一度もない。とは言え、確かに誰かの恋人である彼女とは距離が近すぎたかもしれない。

 長く一緒に生活していたからだろう。距離感が他の人と違うのだ。

 だが、それは明寧や周りの人間には関係がない。明寧がこうして牽制してくるのも仕方ない事だし、彼女のこういった行動は微笑ましく感じてしまう。


 明寧の行動は単純だ。紗彩を中心に回っているように見える。とても羨ましい。浩和は素直にそう思う。自分はそこまで紗彩を想えなかった。

 別れる当初、原因となったその人間を恨む気持ちがあった。それも今では、紗彩にとって自分と別れて彼女とくっついた事は、とても良い事だったと浩和は考えられるようになっていた。

 自分も明寧を見習うべきだ。浩和はメールの返事を書きながら決意するが、その感情をぶつける相手がいない事に気が付き、気が早いなと一人ごちる。

 明寧は時間が空いているらしく、すぐに返事を寄越してきた。


{また四人で飲みましょう。

 タキ君もカジ君も、面白いから一緒にいて飽きないし。

 紗彩もあなた達の事を気に入っているしね。

 カジ君に私が紗彩の恋人だって教えても良いけど、タイミングは慎重に。

 たぶん大丈夫だろうけど、混乱させてしまうのは申し訳ないから}


 他人が代理でカミングアウトしても良いと言われても、浩和は困るだけだ。明寧は良い意味でも悪い意味でもマイペースだった。タイミングを任せられた方としては堪らない。

 少なくとも、すぐには二人の関係を伝えるのはよそうと浩和は考える。

 自分だって少し混乱しているのだ。そんな今、カミングアウトをすれば間違いなく祥順も混乱するだろう。

 不慣れな人間が溺れている人間を助けようとして一緒に溺れてしまうのと同じく、自分もより一層混乱してしまうかもしれない。

 互いの混乱で、せっかく親しく慣れたのが台無しになってしまう可能性もある。今の生活、今の距離感を楽しんでいる浩和にとっては避けたい事だった。


{ありがとう。また飲もう。

 美味しい所、探しておくよ。

 カミングアウトのタイミングはもう少ししてからにするつもりだ。

 勿論報告はするから。

 じゃあね。紗彩にもよろしく}


 返事を待たずに端末を手放した。浩和はそれから暫く明寧からのメール攻撃に遭う事になるのも知らず。




 新しい一週間が始まった途端ではあるが、面倒なイベントが待っていた。それはバレンタインデーである。もらってしまえば最後、義理チョコに対してお返しを選ばなければならなくなる。

 数個ならばまだ良い。チョコをもらった数だけ自分の株が上がっていると勘違いをしている年長の男達は未だに多い。


 先週からそうだったが、明らかに女性陣を贔屓したりする役職付きの人間が増えるのだ。彼らはホワイトデーの返礼品も欠かさないし、手抜きもしない。つまり、上に習えという事で、この会社の男性は皆、義理チョコを貰ったらしっかりとお返しを渡さなければならないのである。

 上の人間がいなくなったら自然と緩くなるだろうというのが浩和の考えだが、そうなるまであと何年あるのだろうか。考えるだけで気が重い。


 気合いを入れすぎたお返しだと女性陣は引く。だからと言って手抜きすれば「ないわー」と言われてしまう。正直、面倒だ。今までは彼女がいるからと受け取らないでいたが、今回はそうもいかない。

 イベント事で浮き足立つ女性陣とおっさんども。若い男性社員はあまり関わりたくないといった風なのが、会社の雰囲気で分かってしまう。そういえば、ずっとフリーで通しているはずの祥順はどうなのだろうか。浩和はふと思い立って、話を聞く為に飲みに誘う事にした。




「え? 特殊なお礼はしてませんよ」

 あっけらかんと言う彼に、浩和は脱力した。そして詳しく聞いていると、呆れてしまう事実が判明した。

 祥順は、直接受け取った人には何が欲しいか聞いているというのだ。直接渡せば聞いてもらえると知っている女性社員は、値が張りすぎない程度におねだりをする。

 お互いに楽だから、というのが祥順の行動の理由だと言うが、それにしてもあんまりであった。

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