時には照れる事もある
「お待たせ!」
浩和が満遍の笑みを浮かべて鍋を持っている。足早に彼の脇をすり抜けた祥順が鍋敷きをテーブルに敷いた。浩和が鍋を置いている間に取り皿を用意した彼は、ビールを人数分用意した。
「とりあえず、これで。
次からは一通り並べたので好きなのを指名してください」
カシュッという良い音を立てながらプルトップが外されていく。近くの棚の上には、焼酎や300mlサイズの日本酒、他にもカクテル用のリキュール等が並んでいた。かなり大雑把である。
「じゃ、昨日ぶり。かんぱいー」
紗彩が缶ビールを持ち、腕を上げれば他の三人も続く。缶特有の軽い音を立てていく。
ソファに女性陣二人が並んで座り、その向かいの床に男二人が座る。アンバランスだが、そもそもこんなに人数をこの家に迎え入れる事を想定していない。
女性を床に座らせる訳にもいかない。仕方のない事だった。
「うわぁ、おいしそう」
明寧は既に鍋から自らの分を取り分けて食べ始めていた。ちゃっかり紗彩の分も用意してある。彼女は石狩鍋の汁を真っ先に味わっている。
「鮭の甘みとコクが味噌になじんでて、最高」
紗彩は満足そうに頷き微笑んだ。そんな表情を見せられて顔が緩まない男などいないだろう。案の定、祥順もとろけるような視線を彼女に送っていた。
「二人とも、料理ができるんだね」
明寧の言葉に紗彩から視線を移して祥順が反応する。もうその瞳に先ほどの笑みは残っていない。咎められたかのような動揺も見えない。
紗彩への視線は条件反射並に無意識のものだったようだ。明寧の方こそ反射的に声をかけてしまった事をうまく隠さなければならなくなった。が、そういった機微に疎い祥順は普通に答えていく。
「あ、はい。と言っても俺は滝川さんに教えてもらったんですけど」
誤魔化す必要もなくなった明寧が感心した、と笑う。料理はあまり得意ではなく、紗彩に任せきりの状態だと言えば、祥順が意外そうな顔を見せたものの、にこやかに口を開く。
「上手な人に作ってもらう方がおいしいし、見栄えも良いんですが、してもらいっぱなしって苦手で。
それに、作ってもらって嬉しかったからお返しもしたくって……
彼、結構辛口なんですよ。だからすごくやりがいもあります」
鮭の骨を探していた浩和の眉が寄る。
「……俺が酷い人間みたいじゃないか」
真横にいるのだ。聞こえない訳がない。祥順は驚いた様子ですぐ隣の男を見た。浩和はちらりと視線を動かすも、鮭の骨取りに勤しむつもりのようで、すぐに視線を戻してしまう。
「えっ?」
「俺は、カジくんの料理なら何でも食べるけどねー。
あの変な盛り方のサラダとか、中途半端に焼き過ぎた半熟っぽいベーコンエッグとか」
「ちょっ……」
話している内に少しずつ視線が祥順の方へと向かう。祥順は半眼で見つめられ、金魚のようにくちをぱくぱくと動かした。うまく言葉になっていない。
「でも今朝のスクランブルエッグは最高においしかったし、サラダも一工夫してあって良かった」
知り合って、祥順の家に泊まるようになり始めた頃の失敗を連ねられて動揺していた祥順は、その後に続く褒め言葉を聞いて一気に顔を赤くした。
「カジくん気合い入ってたし、スパルタっぽくした方が良さそうだと思ってたんだ。
きつい事言ってもちゃんと受け止めてくれる所とか、すごく男前だったよ。
今朝は本当に嬉しかったしね」
作ってもらえるって幸せだよな、と浩和が言えば、明寧が同意する。二人の流し目が祥順に刺さる。顔を赤くさせたまま、祥順の動きが止まった。いや、僅かだが小刻みに震えているようだ。
「カジ君に愛されてて良いね。
私も朝食が綺麗に並んでるの見ると……ああ、愛されてるなって思うから」
「二人とも、俺で遊ばないでくださいよ……っ!」
困ったような、怒っているような、中途半端な表情で祥順が小さく叫ぶ。それを見ていた三人がどっと笑う。
「あはは、カジ君かわいー!」
「たまんないね、それ」
明寧は人差し指で祥順を指したままソファに背中を押しつけて笑っている。豪快な笑い方だが、それだけ面白く感じているのだろう。
祥順は湯気が出そうな程、赤くなっていた。
流石にまずいと思った浩和は、軽く肩を叩く。
「ごめん、でも本当に嬉しかったんだ」
「……俺だって、喜んでもらえたら嬉しいですし」
眉を下げて微笑む浩和に、祥順は拗ねたように口を尖らせる。
だが、その唇から紡がれたのはかわいらしい一言だった。
この一言は笑い転げている二人組には聞こえなかったようで、聞こえたらしい浩和だけが動きを止めていた。そんな彼の頬も、次第に色づいていく。
口元をひくりとさせ、何を言おうかと迷う素振りを見せる。
「いや、うん。ありがとう」
浩和はさっと視線を手元に戻し、この話は終わりだと言わんばかりに骨を取った鮭を口にする。笑い転げる女性の明るい声をBGMに祥順はゆるゆると口元を歪ませた。
――照れる事、あるんだ。
柔らかくなった長ネギを口に運びながら、祥順は溜飲を下げたのだった。
祥順をからかい、鍋を堪能した二人は揃って手を振った。
「ごちそうさまでした」
「また、飲みに行こうね」
駅まで近いから大丈夫だという二人を駅まで見送りについて行った。大丈夫だと言われても、既に十時近い。女性二人を家で見送る事ははばかられた。
改札まで見送りに行った後、浩和は片づけを手伝うからと祥順の家へと歩き始めた。悪いなと思いつつも祥順はその言葉に甘える事にする。
「だいぶ賑やかな鍋になったな」
「でも、楽しかったです」
きんと冷える中、二人は白い息を吐きながら歩いていく。アルコールの入った火照る身体には心地よいくらいだった。
2023.10.26 誤字修正




