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書類不備です。  作者: 魚野れん
さーやの恋人

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お宅拝見と甘い二人組

 石狩鍋に必要な具材を買い集めた二人はカフェへと戻る。優雅にコーヒーを飲みながら歓談する姿に、祥順は一瞬声をかけられなかった。が、浩和はそんな事構いもせずに声をかけてしまう。

「あ、お帰りー」

「んじゃ、行こうか」

 くい、と少しだけ残った飲み物を口にして明寧はさっさと立ち上がる。紗彩は既に飲み干していたらしく、同じタイミングで立ち上がった。直ぐに店舗から出られるように、二人ともコートを着ていた。


 こういう小さな心遣いは男心にぐっとくるだろうな、と祥順は思う。少なくとも恋人ではない自分がそう思うくらいだ。きっと彼女達を気にする周囲の男性は多いだろう。

「ここからけっこう近いの?」

「そこそこかな。

 地下鉄で数駅ってとこ」

 祥順の代わりに浩和がどんどん質問に答えていく。転入生がクラスの人気者にかばわれているかのようだ。と祥順はぼんやりと変な思考を巡らせていた。


 別にコミュニケーションを取るのは嫌いじゃない。だが、どうしてか紗彩が質問してくると後込みしてしまう。それは浩和の元カノであるという先入観のせいかもしれないし、今まで出会った女性の中でも一番に女性らしく見えるからかもしれない。

 とにかく、変に緊張してしまうのだ。明寧の方は、どうにも惹きつける何かがあるようで、思考が止まってしまう。

 こんなにも自分は人見知りしていただろうか。いや、むしろ昨日は普通だったはずだ。

 昨日と今日で、何が違うというのだろうか。祥順は浩和が代わりに二人と話をしている間、ずっと考え込んでいた。


「ほら、降りるよ」

「あっ」


 自分の家に戻るのだというのに、祥順は降りるタイミングを逃すところだった。浩和に腕を引かれるようにして急いで電車を降りる。先に降りた二人はくすくすと笑っていた。

 恥ずかしくなり、祥順は俯きながら足早に先頭を歩き出した。紗彩と明寧は顔を見合わせて笑い合うと、その後に続く。浩和はそんな仲睦まじい二人の後に続いた。

 駅からそう歩かない内に祥順の住むマンションへと辿り着く。祥順の案内で足を踏み入れた二人は小さく騒いでいた。彼は彼女達を非難するでもなく、ただ力なく笑うだけだ。


 家の中を荒らす訳でもなく、ただ見ているだけで何にも触ったりしていない辺り、二人とも育ちは良いのだ。ただちょっとした好奇心に負けただけで。

「意外に立地良いし、綺麗にしてるのね!」

「自信なさそうにしてるけど、もっと自分に自信を持っても良いんじゃない?」


 祥順はその言葉で意識をはっきりとさせる。

「あ、綺麗なのは滝川さんのお陰なんです」

「そうなの?」

「はい。片付け方とか教えてもらいましたから!」

 自分の功績ではないと、自慢げに言う祥順には流石に紗彩も目を丸くする。浩和は全く会話には入らず、ただ食材を分けていた。

 鍋料理に全ての食材を使う訳ではない。今使う分だけ、野菜は切り分け、魚は取り出しておく。残ったものはしまう。

 祥順の助け船をした方が良いかと、逡巡してはいたが、過保護過ぎても気持ちが悪いだけだろう。彼だって自立した男だ。

 つい面倒みたくなってしまう気持ちはあれど、その気持ちのままに行動してしまう事が祥順にとって良い事だとは限らない。と、一応は考えているのである。


「俺、本当は片付けが苦手なんです。

 でも、どうやれば効率がいいのか、やりやすいのか、少しずつ教えてもらったら出来るようになったんですよ。

 あ……でも、実は、滝川さんと飲むようになってから、家に寄る事が多くなったから気が抜けないって部分もあったり……」

 少し早口になりながら話し続けていた祥順は最後に白状すると、はにかんだ。ソファに座った紗彩と明寧は顔を見合わせる。


「だから、その、俺は全然すごくないんです」

「はいはい、自虐はその程度で。

 こっち手伝ってよ」

「あ!」


 ぽん、と浩和に肩を叩かれた祥順はすみません、と小声で叫んで慌てて振り返る。浩和は一足早くキッチンへと戻り始めていて、大股でその後を追う。

「……面白いね」

「うん。あと、可愛いね、彼」

 紗彩の言葉に同意する明寧は、祥順をまぶしそうに見つめている。浩和に指示される通り、祥順は下ごしらえを手伝い始めていた。浩和は包丁をうまく使いながら、祥順に鍋へ昆布を敷かせている。

 浩和の言葉に合わせて、祥順の頭が小さく動いていた。目の前を移動する虫を追いかける猫の頭のようだ。

 ずっとその姿を見ている明寧に紗彩は唇を尖らせ、その耳元に甘く囁いた。


「あら、浮気は駄目よー?」

 明寧は笑いながら首を傾けて紗彩のこめかみに頬をつける。背を向けて鍋料理の用意をしている男二人は気付かない。

 紗彩が明寧の手を握れば、軽く握り返される。彼女の口元は笑っていた。

「いや、大きいけど小動物みたいじゃない。

 ペットっぽいっていうか」

「それは言えてるね。

 それ、私もこの前思ったもん」

 くすくすと笑いながら、二人は彼らが並んで調理をしているのを見守る。


 祥順は必死にアクを取っているらしい。浩和の、のんびりとした笑い声が聞こえてくる。

「そんなに水分も一緒に取ったら汁がなくなっちゃうよ」

「……え!? あっ!」

 向こうは向こうで中々楽しそうだ。

「もう大丈夫。具を入れるから場所交代」

 浩和と祥順が場所を変える。その時、ちらりと見えた祥順の表情は嬉しそうだった。紗彩も明寧も、話をしている時に見た事のない顔だ。

「……仲、良すぎじゃない?」

「…………確かに変な距離感だけど、彼らはあれが普通なんでしょ」

 顔をしかめて言う紗彩に、明寧は淡々と答える。何が気に入らないのか明寧には分からないが、紗彩は不満げにしている。


「仲が良すぎてムカつくだけ!」

「何それ、変な紗彩」


 明寧が笑えば、紗彩も笑い出す。元恋人が絡んでいるから面白くないのかもしれない。彼に拘る紗彩に小さなヤキモチを焼きつつ、明寧は自分よりも華奢な身体を抱きしめた。

 どうせあの男達は自分達の事に夢中で振り返らないだろう。そう思いながら。

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