仮初めのカップルと交渉成立
浩和は笑顔で首を傾げる。沙彩がそんな彼をつついて教える。
「石狩鍋、私達も一緒に食べても良い? っていう話よ。
さては二人の会話が全然耳に入っていなかったなー?」
紗彩の指摘にたじろぎつつ、浩和は頷く。
「あ、もちろん家主であるカジ君が嫌でないなら俺はみんなで食べても良いと思うよ」
四人のやりとりを見ていた店主が面白そうに笑う。
「そうか。あんた達、美男美女のカップルだったか。
負けてやるからたくさん買っていきなよ!」
「えっ」
いち早くカップルという言葉に反応してしまった祥順の腕を、明寧が引き寄せるようにして黙らせる。わざと体を密着させるように近付けてきた明寧に、祥順は息を止める。
呼吸を忘れてしまったかのようだ。
「そうじゃなきゃ、一緒に出歩かないよ。ね?」
「あ、うん」
親密そうに言われた祥順は、そこでようやく「安く魚を大量に買う為の演技」だと気が付いた。努めて動揺を見せないように笑顔を繕い、彼女の言葉に同意する。
「ま。まずは味見してくれや。
ちょうど焼けたからな。
お嬢さん方だけじゃなくて兄ちゃんらも、もう一回食ってけば良い」
一瞬、浩和の視線が刺さったような気がして祥順は視線を移動させるが、そこには店主と交渉しているカップルの姿があった。視線は気のせいだったようだ。紗彩と浩和は元恋人同士であるとは感じさせない。
知り合いが見たとして、復縁して仲睦まじい姿を見せているのだと誰も疑わないだろう。
それ程までに、自然で息の合う二人だった。
「結構この人飲むんです。
だから、お酒のつまみにちょうど良さそうなホッケとかもまとめておやすくしてもらえたら嬉しいなー」
「俺だけが飲むみたいな言い方はやめてくれよ。
でも、さっきじゃがいも焼酎を見つけたから、それと一緒に食べれたら最高かもな……」
浩和と紗彩の猛攻は続く。その傍らで明寧がマイペースに試食を始めた。祥順もそれに併せて試食する。
「あ、まじでこれおいしいな」
明寧は目を輝かせていた。少年のような瞳で、祥順は彼女もこんな表情をするのか、とつい見つめてしまう。
だが、それはそう長くは続かない。明寧も器用な人間らしく、紗彩と浩和の会話をしっかりと聞いていた。
「じゃがいも焼酎って変わってるね。私も飲んでみたい」
明寧がそんな風に会話へ割り込む。その言葉に紗彩が同意すれば、店主は笑うしかない。
「あ、まとめ買いって最低単位とかあります?」
「んーそうだな……四人組だから四切れ毎にするよ。
どうだい?」
どうやらまとめ買いの単位は適当に決めているようだ。浩和はその単位を変えてしまう事にした。
「鮭とホッケ、十切れずつとかは?」
「おっ?」
おじさんは嬉しそうな反応をする。これはいけそうだと浩和はにっこりと笑う。
祥順は普段見せる表情とはまた違う、明らかに取り繕ったような笑みに気が付いた。人なつこそうな、でも一枚透明な何かを感じさせるような笑み。
祥順はその笑みを不思議そうに見つめていた。交渉の内容も頭に入らない。紗彩が祥順の様子に気が付いたが、それにも気が付いた様子はなかった。
明寧の方は祥順の腕にくっついたまま、面白そうにしている。
明寧としては、隣にいる仮初めの恋人が本物の恋人の隣にいる元恋人をじっと見つめているのだ。面白くない訳がない。不思議な四人組の図ができあがっていた。
「よし、売った」
「はい、買った」
にこやかに握手を交わす男達の声に、祥順が我に返った。浩和は店主が魚を用意し始めるのを見て、祥順の方を振り返る。祥順の方は彼を見つめたままで、体を硬直させた。
「あれ、カジ君ぼーっとしてた?
もうすぐ終わるから待ってて」
店主と交渉している時の笑みはどこにもなく、ただいつもの笑顔が広がっていた。祥順は彼の笑顔を見て、やっと一息吐いた。どうやら緊張もしていたらしい。
「……そんなに気になるの?」
「え?」
耳元を明寧の囁きがくすぐる。声量を抑えているせいか、いつもよりもハスキーだ。
「タキ君。カジ君は、ちょっと彼の事見過ぎだと思う」
「そう、かな……?」
明寧の話に顔を傾ければ、近い位置に彼女の顔があった。不思議と緊張しなかった。彼女は祥順の方は見ておらず、その視線の先には浩和と紗彩が和気藹々と店主から袋を受け取っている姿がある。
「美女二人がいるってのに、面白いね」
「女性の事はあまり見つめると、逆に失礼だと思う……」
「ふふ、そうかも」
祥順はしどろもどろになりそうになるが、どうにか思い浮かんだ言葉で濁す。明寧は笑って同意すると、組んでいた腕を解いて向こうに歩いていく。
「店主さん、ありがとう。おいしくいただくわ」
どうやら店主に挨拶をしようと考えていたらしい。
既に会計を終わらせ、購入した全ての魚が入った袋を持っている浩和は近付いてきた明寧に場所を譲っていた。
「おうよ、奥の彼氏にもよろしくな!」
「あっ! ありがとうございました」
ほぼ反射的にお辞儀をすると、浩和と紗彩の笑い声が聞こえる。少しだけ恥ずかしい気持ちになりながら、いつまでもお辞儀している訳にもいかずに頭を上げる。
目の前には穏やかに微笑む浩和の顔があった。
一瞬、見つめ合うような感じになる。祥順は何となくほっとした。本当にいつもと同じ浩和だ。
「悪いけど半分持ってくれる?
買いすぎたから」
「あ、勿論です」
むしろ荷物を半分渡された事の方が嬉しく感じてしまう。
「値切り交渉ありがとうございました。
これで夜、思う存分楽しめますね」
「うん。期待してて。
ーー二人とも待たせてごめん。
俺たち、必要なもの買い足すからお茶でもして待ってて」
男同士の会話の後、そう言って女性陣二人に声をかけ直す浩和は、どこまでも格好いい男だった。




