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書類不備です。  作者: 魚野れん
さーやの恋人

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昨日ぶりの再会

 物産展は賑わっていた。居酒屋でよく見かけるものが何なのかと思えてしまうほどに大きいホッケや、試食したら普通の店で買うものとは全く味が違う鮭。いくらや数の子などの魚卵類や、北海道産の牛乳を使ったチーズタルトにアイスクリーム。多種多様な出店だ。

 その場で調理して販売している焼き物もあり、食欲をそそる香りが充満していた。祥順と浩和は冷やかしながらいろんな店を見て回る。

「やっぱり、あそこの銀鮭はおいしかったね」

 少しばかり物産レトルトの置いてある方へ移動するなり浩和が言った。祥順は頷く。


「価格はさすがに高めですが、それだけのおいしさがありました」

「普通に焼くだけで食べた方がいいのか。

 でも、鍋にしたらあのうまみが具に染み渡ってって思ったら――」

 二人は苦笑する。

「……あれ、買いますか」

「買っちゃおう」


 顔を見合わせれば祥順だけではなく、浩和も早く調理して食べてみたいという気持ちでいっぱいなのが手に取るように分かった。

 多めに買って、焼き鮭として鮭のつまみにするのも良いな、等と盛り上がる。


「あれ? 昨日ぶりじゃん」

「あ」


 声をかけてきたのは明寧だった。ジーンズに白いハイネックのニット、手にはコートを持っている。完全にオフのスタイルだ。化粧もナチュラルメイクそのもので、昨晩うっすらと感じていた女性らしさは殆ど感じられない。

 ちょっと待ってて、と言いながら通話を始め、近くを見回した明寧は手を挙げて誰かを呼んだ。その方向を見れば、手を挙げている人物がいる。紗彩だった。


 彼女は人混みをかき分けてこちらに向かって歩き始める。その様子を見ながら祥順は明寧に声をかけた。

「二人とも仲が良いんですね」

「いや、まあ……あなた達程じゃないんじゃないかな。

 一緒に住んでれば買い物とかも一緒に行くでしょ」

「そうでした、あなた達はルームシェアしていたんでしたっけ」


 少しばかり値踏みするような視線を明寧がよこすも、祥順に気が付くそぶりはなく、ただ彼女の言葉に頷くだけだ。むしろ浩和の方がその視線に気が付いたらしく、明寧の方を訝しむように見つめている。

「昨日ぶりじゃない、こんな所で会うとは思わなかったわ」

「それはこっちの台詞。物産展目当て?」

 紗彩に浩和が質問を投げかければ、彼女は軽く頷く。二人が揃ったのに気が付いた祥順は明寧との会話を中断して頭を下げる。


「お二人とも、昨日は酔いつぶれてしまってすみませんでした」

「私達と別れた時はまだ歩いてたわよ」

「だいぶキてたみたいだったけどね」

「あの後、完全に潰れたみたいで彼に家まで運ばれていきました……」


 祥順は正直に話す。肩を落として苦笑気味な祥順に、二人が笑う。

「それ見たかったなー」

「み、見なくて良いです」

 申し訳ないという気持ちよりも羞恥心の方が勝り始めたのか、心なしか祥順の頬が染まっている。浩和は助け船を出す事にしたようで、紗彩の方から明寧と祥順のいる方へと向きを変える。


「所で、俺達はこれから鮭を買いに向こうへ行くんだけど一緒に行く?

 目的があるならあれだけど」

「何、夕飯の買い出しに来たの?」


 意外そうに紗彩が割り込んだ。そりゃそうだろう。祥順は思った。自分だって、一人だったらわざわざ物産展で売っているだろうナマモノを狙って出かけない。出かけた先でやっているのならば別だ。

 偶然や何かのついでならば、納得が行く。それに、偏見かもしれないが、そういう買い物をしにわざわざ来るのは主婦やリタイア組の方がしっくりくる。


「面白そうだしついて行こうかな。

 私たちはたまたま通りかかっただけだし」

「私も構わないよ、一緒に行こうか」

 紗彩も明寧もついて行く気満々だ。浩和の提案に乗った二人は彼の後をついて行く。話題が完全に逸れた事にほっとしながら祥順は最後を歩く。

 鮭等を売っている魚屋はすぐに見えてきた。ちょうど今、客が離れた所だ。良いタイミングである。


「おう。おかえり、美人さん連れ帰ってきたな!」

 魚屋にいる壮年の男性がこちらに気が付いたらしく、声をかけてきた。祥順はとりあえずぺこりと頭を下げる。浩和の方はにこやかに返事をしている。

「おいしい魚だったから、連れてきたんだ。

 良ければ彼女達にも味見させてあげてほしいな」

「もちろんだ」

 浩和のリクエストに、男性は快く対応する。プレートへ、一口大に切り分けられた鮭等を手早く広げていった。途端に香ばしい魚の脂の匂いが広がっていく。と、すぐに蓋をしてしまう。


「このプレートで焼く時は蒸し焼きが一番うまみが出るんだ。

 さっき、兄ちゃん達に味見してもらったやつもそうやって焼いてた奴さ」

「へえ……」


 浩和がメモをしそうな勢いで男性から話を聞きだしていく。その間祥順の方は売り物を見ていた。

 何切れ買おうか、鮭だけにするか、悩んでいたのだ。調理方法は浩和の方が何倍も良く知っている。それを理解している祥順は、自分でもできる事をしようと考えたのである。

 明寧はそんな祥順に興味を抱いたらしく、話しかけてきた。


「カジ君、夕飯は何にするつもりだったの」

「石狩鍋です」

「え、こんな良さそうな鮭を鍋に使っちゃうの?」


 明寧はもったいない、と言いたいのだろう。祥順は彼女の質問に頷いて、明寧を見た。アシンメトリーになった髪が遊んで彼女の目元を半分隠す。

 明寧は中性的な、不思議な雰囲気を醸し出していた。祥順は思わずその空気に引き込まれそうになった。彼は瞬きをし、わざとにっこりと表情を作ってごまかす。


「良い魚が鍋に入ったら、とても良い出汁が出そうだって話を、滝川さんとしていたんです」

「……なるほど」

 祥順の機微はどうでも良いのか、明寧は気が付かなかったようだ。変な顔になっていなかったか、内心冷や汗をかいていた祥順は胸を撫で下ろした。

「味が染みて、確かに美味しそうだね。

 私達も試そうかな」

「狭くても良ければ、俺の家で四人で食べます?」

 祥順は反射的に提案した。明寧は目を瞬かせる。想定外のお誘いだったのだろう。


「紗彩とタキ君が良ければね」

「あっそうでした」

 はっとして視線を浩和へと向ければ、彼はこちらを見ていた。思わず目が合い、祥順は動きを止めた。

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