適当な祥順と物産推し
朝食を終えた祥順は、週末はどうするつもりなのかと浩和に問いかけた。もちろん片づけは祥順がやっている。泡だらけの皿を流水で洗っていた。
「今日はお邪魔してるけど、さすがに明日は帰るよ」
浩和はとことんだらけるつもりのようだ。テーブルに突き伏し、顔だけをキッチンに向けている。随分と躾のなっていない姿であるが、そのだらけ具合が祥順は嬉しかった。
祥順が一生懸命に洗い物をしている間、浩和はだらけた姿のまま彼が家事をするのを見つめていた。視線を感じつつも祥順は気にせず話を続ける。
「そうですか。
じゃあ午後は買い出しに行かないと」
浩和は腕を伸ばし、体を起こした。祥順はフライパンを洗い始める所で、彼の発言は独り言のようにも浩和には感じられた。
「お昼は何にしますか?
冷蔵庫の中にあるものだけで作るしかないんですが……
あ、あと夕飯は買い出しに行くから何でも良いですよ!」
泡だらけになったフライパンを持ったまま祥順は勢いよく振り返った。勢いに負けた泡がちぎれて飛んでいくのが、浩和の目に映る。思わず叫びながら浩和は立ち上がった。
「あっ」
「わぁっ!」
男二人の短い悲鳴が家に響く。祥順は慌ててフライパンをシンクへ戻した。だが、既にフライパンから離れていった泡は床やカウンターを汚していた。
浩和は髪の毛の水気を取る為に使っていたタオルを持ってきて、床を拭き始める。
「飛び散った奴は俺がやるからカジ君は洗い物の続きしてて」
「すみません」
家ではかなりそそっかしいよね、と浩和が揶揄すると再び謝る声が返ってきた。思わず笑ってしまう。泡はそんなに多くなかった。タオルで泡を拭き取ってからウェットペーパーやペーパータオルできちんと拭く。
カウンターの上に飛んでいる泡も同じように丁寧に拭いていけば、時間をかける事なくすぐに元通りになった。
「はい、終了。
あー……これは、食後の運動だから別に労働じゃない。
つまり、俺は引き続きだらだらする」
「ふふ、ありがとうございます」
欧米人を彷彿とさせるような物言いに祥順は笑う。浩和は照れくさそうに首を掻きながらソファへと寝ころんだ。ソファは二人掛けのサイズで浩和が横になるには少しばかり小さい。
肘掛けに頭を預け、もう片方の肘掛けをフットレストのように使う。膝から下がソファからはみ出てしまっている。
「お昼はあるもので済ますんだろ?
カジ君のアイディア楽しみにしてるよ。
夜は暖かく鍋が良いな。石狩鍋とかどう?」
浩和の言葉に祥順が振り返った。今度は何も持っていない。一瞬ぎくりとした浩和であるが、肩の力を抜いた。
さすがに連続で失敗する程、祥順は馬鹿ではない。
「今日、百貨店で北海道物産展やってますね。
お昼食べたら行きますか?」
「良いね」
祥順が提案すれば、快い返事が返ってくる。浩和に洋服は適当に選んでもらう事にして、ひとまず昼食をどうするべきか決めるべく冷蔵庫を覗くのだった。
卵と牛乳、ベーコンとくれば祥順の引き出しから引っ張られた料理はカルボナーラだった。チーズは浩和の趣味で祥順の台所へと導入されたパルメザンチーズがあるから心配ない。
浩和から聞いた事だが、カルボナーラはかなりアバウトな料理であるらしい。日本では卵黄だけだ、生クリームだなどとレシピ本に書かれていたりして材料を用意し、下準備をするだけでも面倒な料理という認識のある人間もいたはずだ。そんな料理も最近では情報が行き交うようになり、だいぶ認識も変わってきたのだという。
元々ローマ発祥だというこの料理は、もったいない精神を宿すローマ料理の一つである。故に本来のカルボナーラとは全卵に牛乳であるというのだ。チーズだって数種類入れる必要はないのだという。
浩和の雑学は多岐に渡っており、偶に雑談で聞く事ができる。その話によれば、茹で上がったパスタに材料を和えるだけの料理だと言える。ニンニクとベーコンなどの肉類をオリーブオイルで炒めたもの、牛乳に卵とチーズを加えて混ぜ込んだものをパスタに絡めれば完成なのだ。
それだけ聞く分には、どうやっても失敗しなさそうな料理である。パスタの茹で方は既にレクチャーされている。他に問題のありそうな点は何もない。
強いて言うならば分量が不安だが、浩和は適当で良いと言っていたしきっと大丈夫だろう。
祥順は職場では几帳面な男だったが、それ以外ではかなりいい加減な男だった。それは、うまく部屋を片付ける事ができていなかった時点で既に浩和に見抜かれていた事でもある。
浩和に気を許せば許す程に、その適当さは悪化の一途を辿っていた。
浩和のような男になりたいと息巻く割に、なりきれていないのが祥順である。そこが浩和の庇護欲を駆り立てるのだが祥順はそれをいまいち理解していなかった。
祥順は食後のコーヒーを用意しながら浩和に今日の昼食メニューを告げる。
「お昼はカルボナーラにします」
「何、作れるの?」
浩和は祥順の考えたメニューに興味を抱いたらしく、上半身を起こした。足を肘掛けに乗せたまま腹筋だけで身を起こすのを見て、祥順は動きを止める。
背もたれに腕を乗せ、更に顎を置く。その表情は随分と楽しげである。
「作れますとも! 多分」
「はは、楽しみにしていよう」
からかうような口調に祥順は眉をひそめて不快感を示してみせ、それから諦めたように笑う。コーヒーがテーブルへと運ばれる頃には二人とも笑っていた。
祥順の私服を拝借した浩和は、祥順と共に百貨店へとやってきていた。比較的体格の似ている二人は洋服の貸し借りができるのである。少しばかり浩和の方が大きい為、祥順の持っている洋服の中でもサイズが大きめのものを選ぶ必要はあるが、大した問題ではなかった。
北海道の物産展は定期的に行われているもので、その情報を仕入れてくるのは意外にも祥順が完璧な人間と呼んでいる千誠である。彼は北海道の出身であり、物産展の日程が分かるとすぐに教えてくるのだった。
おかげさまで総務部の人間は北海道グルメが大好きである。その一方で沖縄グルメが好きな課、九州グルメが好きな課、などもあったりする。
浩和のいる営業部ではいくつもの課で構成されている為、課毎に好きなグルメが違っているとの噂である。
因みに浩和のいる企画課は東北グルメ推しだそうだ。以前、浩和の勧めで東北物産展に祥順は連れて行かれた事があり、それで知ったのだ。その際に、自分の部署は北海道だという話題をしていた。
そこまで考えて、夕飯の希望は北海道推しを知っていたからこその提案だったのではないかと祥順は気が付いたのであった。




