祥順の自信作
結局祥順が用意したドレッシングはマヨネーズにレモン汁、塩胡椒を加えただけのさっぱりマヨネーズだった。小さな深皿に用意してテーブルの中心に置いておく。フライパンには少し多めにバターを入れ、熱し始める前に卵を割りかき混ぜる。
祥順は浩和に教わったテクニックを駆使して塩胡椒を入れた卵と牛乳が均一になるまで溶いていく。テクニックと言っても、別に何という事もない。ただ、リズム良く同じ動きを繰り返すコツを浩和から聞いただけである。
フライパンを熱し、溶け始めたバターをフライパン全体に広げる。甘いバターの香りも広がっていく。ふつふつとバターの表面が動き始めるかどうかという頃、卵を流し込んだ。すぐに弱火にして卵が固まり始めるまで少しの間待つ。
シリコンのヘラでゆっくりと八の字を切る。すると、固まり始めていたフライパンとの接触面がぐずぐずと崩れ、火の通り始めたとろとろの部分と混ざっていく。
もう一度混ぜたい気持ちを抑えて保温へと切り替える。余熱で火が通ると浩和も前に言っていたし、これならば身支度を整える間も固まりすぎずに済むだろう。祥順は自分のアイディアに、満足そうに頷いた。
後は浩和を起こして、彼が準備している間に残りの朝食づくりをするだけである。
足取りも軽く、祥順は浩和を起こしに部屋へ向かった。
「あ」
自室のドアを開けようと手を伸ばすと、勝手に開いていく。それもそのはずだ。浩和が目を覚ましていたのである。ドアの向こう側にはドアノブを引く彼の姿があった。
「おはよう。おいしそうな香りがしたんで、目が覚めちゃいました。
所で……二日酔いの方は大丈夫?」
普段とは違い、ややけだるげな話し方に祥順の心臓はドキリとした。殆ど彼の方が早く目覚めて身支度を整え終えていた。もしかしたら、浩和の寝起きを見るのは初めてかもしれない。
無精髭になっているし、少しばかり顔も油が浮いているように見える。
祥順の中で、己の知らぬ間に彼に無理をさせてしまったのだろうという思いが強まっていった。
「昨晩はすみませんでした!
俺、帰りの記憶がなくて……」
きっちりと頭を下げるも、語尾は消え入りそうな音量だ。祥順自身、何と言えば良いのか分からなかった。こんな風に迷惑をかける事など、浩和と仲が良くなるまで経験した事がなかったからだ。
しょっちゅう彼に謝罪をしているように祥順は思う。だが、未だにそれに慣れる事はない。
「いや、途中からおんぶして帰ったんで、さすがに体はバキバキだけど。
ハイペースで飲んでたのを止めなかった俺も悪いしね」
肩や腰を回しながら穏やかに言う浩和へ、祥順はもう一度頭を下げた。頭上からは、笑い声が降ってくる。
「――じゃあ、お詫びに今日一日はカジ君に面倒見てもらおうかな」
「面倒見ます!
あ、早速朝食の準備が進んでいます」
冗談混じりの浩和に、祥順はぱっと顔を上げた。二人は至近距離で目が合う。少しだけ気まずくなり祥順は控えめに笑った。
「ありがとう。ちょっとシャワー借りるよ」
ぽん、と祥順の肩を叩いてそのままバスルームへと浩和は歩き出した。今の内に朝食を仕上げなければ。彼の合図ではっとした祥順はキッチンへと急ぎ足で戻るのだった。
保温中になっているフライパンの蓋を少し開けて中身を確認する。スクランブルエッグは大丈夫そうだ。このまま放置しておく事にして、祥順はサラダの盛りつけを始める。
水を切って冷蔵庫の中に入れておいたレタスを取り出す。少しだけ水気が残っていたらしく、受け皿にしていた方に水たまりが出来ていた。ボウル型の白い皿にレタスを敷き、その上にトマトとブロッコリーを乗せていく。テーブルの中央においてあるドレッシングの側に、皿を置く。
カトラリーはフォークとナイフで十分だろう。一対ずつ用意してから今度はフラットな皿を取り出した。
皿にマスタードをつける。ケチャップはどうしようか。祥順はソーセージをフライパンに乗せながら考える。スクランブルエッグにもケチャップを使うし、やはり別に用意した方が良いだろうか。
熱を感じてぱちぱちと音を立て始めたソーセージを見つめていると、しっとりとした熱を感じた。
それに気が付いた祥順の周りをシャンプーの香りが包み込む。
「おいしそうだ」
タオルで髪の水気を吸い取りながら、浩和がフライパンを覗き込んでいる。うっすらと茂っていた髭もきれいに剃られ、先ほど見た時よりもこざっぱりとしていた。けだるげな雰囲気はもうどこにもない。
「もうすぐ完成しますから、今の内に髪の毛を乾かしてください」
「了解」
くるりと向きを変えて浩和が去ると、少しだけ寒さを感じた。祥順は軽く肩に力を入れてから脱力させて、その感覚を逃す。ケチャップをどうするか聞いておけば良かったと気が付くも、ソーセージはそろそろ焼きあがる。
ケチャップが皿にあるかどうかより、ソーセージの焼き加減の方が重要だ。ケチャップは気にしない事にしてソーセージをひっくり返した。良い具合に焼けている。
祥順はフライパンを持ってテーブルに設置した皿へとソーセージを盛りつけた。残るはケチャップとスクランブルエッグだ。手にするフライパンをスクランブルエッグの方に持ち替え、蓋を開ける。シリコンのヘラで半分に分ければ、スクランブルエッグは元の姿に戻ろうとする。
祥順は嬉しくなった。自然と頬も緩んでいく。自信作だ。そのままスクランブルエッグを少しずつよそり、盛りつけを完成させた。
もう、ケチャップは皿とは別にしよう。ケチャップもマヨネーズのように器へ入れておいた方が良いかもしれないと、一瞬だけ迷う。だが、ただそれだけの為に加工していないケチャップで皿を汚すのも後が面倒だ。
結局、ケチャップはそのままマヨネーズの隣に無造作に置かれる事となった。
「おまたせ。
……おっ、とても美味しそうな朝ごはんに見える!
盛り付けも完璧じゃないか」
テーブルに着いた途端、浩和が朝食を褒めちぎる。
「滝川さんに言われた事や教わった事を最大限に活かしました」
祥順の言葉に、浩和はとても嬉しそうに笑った。




