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書類不備です。  作者: 魚野れん
さーやの恋人

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目覚めた祥順の朝食作り

 祥順は突然目を見開き、バネ仕掛けのおもちゃのように起きあがった。辺りを素早く見回せば、ここが自室である事が分かる。自分はどうやってベッドの上に転がったのだろうか。

 考えるまでもなかった。彼の足下には屍のように横たわる男がいたからである。大声を出しそうになる自分の口を押さえ、祥順はぎくしゃくとした動きでベッドの上に座る。視線をさまよわせ、どうやって己がここまで帰ってくる事ができたのかを思い出そうとする。


 目を閉じ、深呼吸する。


「……何も思い出せない」


 脳に酸素を送り込めば、何か少しは思い出すかもしれないと考えていた祥順は、ショックを受ける。いつ、記憶が途切れたのかもよく分かっていない。もしかしたら細くて見つけられないだけで、糸が他の記憶と繋がっているかもしれない。覚えている数少ない記憶を奥底から引っ張り上げる事にした。

 どうにか思い出せた事は、自分がとてつもない失態を見せ続けたという事だった。どうしてかは分からないが、祥順は普段の二倍ほどのペースで、酒をあおるようにして飲んでいたのだ。

 そして、紗彩の言われるがままに飲み続け、支離滅裂な事を口にし続けた。


 思い出せた事は少しだが、これはさすがに最低だったのではと祥順は溜息を吐く。二日酔いではない事だけが救いだ。そう思えども、自分の足下で倒れるようにして眠っている彼を見れば、その気持ちも消えてしまいそうだった。

「よし」

 謝るのも、事情を聞くのも、浩和が目覚めなければ駄目だ。その前に、少しでも体を休めてもらわねば。祥順は細心の注意を払い、彼の隣に立った。


 浩和の鼻元に手を近づければ、息が当たる。ゆっくりと乱れる事なく一定のリズムを刻むそれは、彼が深い眠りに落ちているだろう事を伝えてくる。

 起こさないように気を付けながら、浩和の上半身持ち上げベッドの上に移動させる。

「んん……」

 浩和を中途半端にベッドの上に乗せれば、彼は少し不快そうに眉をひそめて唸った。はっと息を飲み、祥順は一旦彼から離れてベッドの影になるようにじっと身を潜める。


 祥順の心臓は目覚めた時からずっと慌ただしく音を立てている。その音に集中してやり過ごす。

 浩和が起き上がるような音も、身じろぎする音も聞かないように、全ての音を拒絶するかのように耳を塞いでいた。


 無論、全く意味のない行為である。

 ただ、そうする事によって己の存在を限りなく小さくすれば、彼の安眠が保たれると信じていた。

 自分の心臓の音が穏やかな流れへと変わり、落ち着いてきた頃、ようやく祥順は動き出した。静かに浩和に近づき、そっと体を正しい位置に置いてやる。

 するすると掛け布団をかければ普通に眠っている人の出来上がりだ。長い時間をかけて一仕事を終えた祥順は音を立てないように気をつけながら、自室を出ていった。


 部屋を出て数歩進んだ祥順は突然しゃがみ込み、両手で顔を覆って長い息を吐いた。後悔の気持ちを押し出すような重い吐息は心なしか酒臭い気がする。

 深酒を思い出した所で尿意を感じ、慌ててトイレへと移動する。

 すっきりとした祥順はその足で歯を磨き、顔を洗い、風呂で汗を流した。


 べたついていた首筋がさらっとする頃には祥順の心も少し軽くなっていた。もやのかかっていた脳内も、大分見通しが良くなっている。精神的にも肉体的にもリフレッシュした彼は、昨晩の失態を取り戻すべく朝の用意を始めるのだった。





「さて……は、っと……」


 祥順は小さく呟いた。冷蔵庫の中身を確認するなりウインナーと卵を取り出し、フランスパンを切る。祥順の家の冷蔵庫には珍しく野菜類が充実していた。

 サラダとスクランブルエッグ、ウインナーが用意できると意気込む。

 サラダは先に作っておいても問題ないだろうがウインナーとスクランブルエッグは厳しいだろうか。


 祥順はそんな事を思いながらホテルでの朝食を思い出す。保温容器に入ってバイキング形式にしている所もあるくらいだ。きっとフライパンで保温にしておけば大丈夫だろう。

 ただ、スクランブルエッグは不安があるからウインナーだけにしておこう。祥順はそう考えながらサラダを作る。レタスを洗い、適当にちぎる。

 それにさっと水を通して水切りをする。ザルに蓋をして勢いよく振れば、楽に水切りができる。これは浩和に教えてもらった小技である。


 水切りのできたレタスは皿の上にざるを置き、そのまま冷蔵庫へしまう。あとはトマトを切ろう。そう考えた時、作り置きで冷凍したブロッコリーがあった気がする、と思い出す。

 冷凍庫を開いてみれば案の定、ゆで野菜を冷凍したものがいくつかストックしてあった。

 自分だけの時はだいぶ手抜きしてしまう為、あまり消費されていない。もったいないから使ってしまおうと決める。


 レンジで解凍し、微かに湯気を立てているブロッコリーを指でつつく。瞬間的に熱さが指先を襲った。ちゃんと解凍できている。祥順は頷いた。

 トマトを切っている間に冷凍してあった人参を解凍する。茹でた人参は適度な厚さで輪切りにしたものだ。それとブロッコリーをレタスの上に乗せようと祥順は考えていた。


 ドレッシングは何が良いだろうか。祥順は浩和に教わったドレッシングのレシピをいくつか頭に浮かべた。簡単で間違えようのないものが好ましい。

 温野菜に合う定番は、やはりマヨネーズだろう。それをさっぱりと食べられるようにしたら良いかもしれない。

 ワクワクとした気持ちを抱えながら、祥順は順調に朝食の用意を進めていった。

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