酔い潰れた男の帰宅方法
祥順の絡み酒に収拾がつかなくなり、一時はどうなるかと思った浩和だったが、何とか彼を落ち着かせる事に成功した。それからは普段よりも饒舌で言動に開放感のある祥順が、紗彩達と楽しそうに雑談をしている。
会話から取り残されている訳ではないが、口数の減った浩和を紗彩は本人に気がつかれない程度に観察していた。長く連れ添っていた相手だ。どうして口数が減ったのか、だいたい見当はついていた。
紗彩の見たところ、祥順と浩和の関係は、やはり親友なのだろう。少し行き過ぎている点もある。それはこの関係の延長線上に淡い気持ちが芽生えようとしているからなのかもしれないが、だからといってそれを刺激する必要はない。
余計なお世話になる可能性も高いし、何より当人らがこのままで良いと思っているのならば、それが一番なのだ。時間が経てば、この関係にも変化が訪れるかもしれないし、このままなのかもしれない。
二人の関係は、きっと始まったばかりだ。結果がどうなるにしろ、その過程を近くで楽しめるだろう。
ひたすら祥順を使って浩和を動揺させて満足した彼女は、普通の食事会と同じ雰囲気へと修正させるべく徐々に話題を変えていった。
浩和は専ら彼らの飲み物やつまみを注文し、彼らの会話には偶に口を挟む程度といった裏方に徹していた。甲斐甲斐しく三人の世話をするような形になってしまったが、浩和は心の中でほっとしていた。
紗彩の影響で混乱している脳味噌を休ませてやりたかったのだ。
先ほどまでとは違い、浩和との関係性を探るような会話はなくなっていた。明寧は紗彩の動きに合わせていて、彼女が落ち着けばそれに倣う。明寧は紗彩以外の事に関してはあまり興味がないのかもしれない。
好きな人間の事だけを考え続けられる事はとても幸せだ。ただそれだけに集中していれば良いのだ。自分もそれくらい情熱的になれれば良かったのに、と浩和は紗彩との日々を思い出す。
明寧を見ていると、自分がいかにだめな彼氏だったか思い出されるようだ。己のいたらなさを知ると共に、上を目指せるチャンスを得る。次回こそは、この経験を十分に活かそうと浩和は決意するのだった。
酔いつぶれる勢いで飲み続けた結果、ふらふらになった祥順を肩で支えながら、浩和はまだ意識のはっきりしている女性二人を見送った。二人はしっかりと手を繋いでおり、本当に仲睦まじい。
それを羨ましいと思う反面、己に同じような事が可能なのかと問いかけてしまう。
何となく今自分が支えている男を見る。祥順はぐったりとして浩和に身を任せている。その表情は角度的に見えないが、恐らくとても気の抜けた顔をしているのだろう。
「紗彩と明寧さん帰ったから。俺達も帰るよ」
「……ぁい」
重たそうに腕を上げて返事をする祥順は、もうどこから見ても酔いつぶれたおっさんの動作であった。
浩和は普通の会話をする事を諦め、そのまま祥順の家へと向きを変えた。
こんな状態では当然電車に乗る訳にもいかず、かといって家まで二キロあるかどうかという距離でタクシーを使う気にもなれない。
一歩ずつ、ゆっくりとした足取りで祥順が倒れ込んでしまわないように、細心の注意を払いながら歩き始める。
浩和の周囲を酒の臭いが包んでいる。この原因は明らかに祥順だ。酒臭い、にも色々な種類があるが、どれ、とは言えない混ざり具合で酒臭い。
浩和にしか見せない祥順の一面がおもしろく感じる一方で、ここまでオープンにされる自分の立ち位置はどうなっているのかと不安になる。
「んー……」
ご機嫌なのか、祥順は言葉にならない何かを口ずさむ。何かの歌なのか、独り言なのか、浩和と会話をしているつもりなのか、全く分からない。
「何でも良いからちゃんと歩いて」
少しずつ、滑っていく彼の体を元に戻す。最初の頃よりも重くなってきている気がしていた。祥順が寝落ちてしまうのも近づいている。
一歩一歩、どんどん重くなっていく。
歩みは止まっていないが、その時がもうすぐそこまでやってきている事が分かってしまった。
二人で倒れてしまう前に。浩和は思い切って祥順を背負う事に決めた。つまり、おんぶである。
「おっもい……!」
二つの鞄を腕に引っ掛ける。そして祥順を背負う。浩和が思っている以上に祥順は重かった。大の男を背負い、そして二人分のサラリーマンが使っている鞄を持つ。
それは思いの外、重量があった。祥順の鞄自体はそこまで重くはない。重いのは自分の鞄の方だった。
飲む事が分かっていたのだから、荷物を少なくしておくべきだった。浩和はそう後悔したが、それこそ今更である。今は何としても彼を家に連れ帰らなければならない。浩和は歯を食いしばる勢いで足を前に動かした。
祥順は浩和の肩に顎を乗せ、なにやらむにゃむにゃと呟いている。
その言葉にもなっていない音が浩和の耳をくすぐり、暖かな吐息も首に当たるが、冬の夜を歩く浩和には不快ではなかった。
とはいえ、浩和はかなりの運動を強いられている。アルコールも入っている。少しずつ息も上がり、汗ばんできた。背負われている祥順は相変わらずで、完全に体を預けきっている。彼の全体重を背負う浩和の体力はそろそろ限界だった。
「……はー……飲酒制限かけるからな」
祥順の住むマンションへ辿り着き、エレベーターに乗り込んだ浩和は長い息を吐いて愚痴をこぼした。彼か祥順を背負ったまま壁に身を預けている。
目的の階に着き、そのままよたよたと歩く。男一人
背負ったまま、約一キロの道のりは遠かった。きっと筋肉痛で辛い週末になるはずだ。
明日は祥順に面倒見てもらおう、と固く誓う浩和であった。
2023.10.15 誤字修正




