さーやがロックオン
浩和と祥順は追加で頼んだ軟骨のからあげを含む全ての食べ物を平らげた。結構な量になっていたそれらは、思ったよりもあっさりと二人の胃の中に収まってしまう。
ほろ酔い気分で調子づいている祥順を目の前に、少しだけ飲酒のペースを落としていた浩和は端末にメールが届いている事に気がついた。確認すれば、紗彩だった。
早速明寧と日程の相談をしたようだ。ゆっくり飲みたいから金曜日ではどうかという内容で、浩和は目の前の上機嫌にそれを打診する。
「え、良いですよ。
がんばって仕事、定時に終わらせないとですね」
にこにこしている祥順は、最後の一口と言わんばかりにビールを飲み干した。食事のほとんどを日本酒で食べていた彼は、最後の最後でビールを注文していたのだ。浩和の方はウーロン茶を頼んでいた。
ほろ酔い状態の祥順を見て、自分まで平日に飲んだくれてしまう訳にはいかないと強く感じたからである。祥順は、浩和が自宅まで送り届けなければならないほどに酔っているわけではない。
そうなっていれば、彼の家に泊まって翌日一緒に出勤すれば良いだけだが、頻繁に使わせてもらう訳にはいかないだろう。
それに、紗彩の事で自分が思っている以上に動揺しているらしいと気がついてしまったからには、祥順を変に意識してしまいそうで嫌だった。
今、とても良い友人関係なのだ。それをこんなくだらない事で壊したくもない。つまり祥順の酔っぱらい具合は口実で、浩和自身が判断力を低下させない為に、珍しくアルコールの摂取を控えたのである。
こんな状態で、四人で飲んだくれても大丈夫なのだろうか。期待感に目をきらつかせている祥順を後目に、浩和は不安感が沸いてくる。
「紗彩に返事したから、金曜はまた頼む。
あいつのわがまま聞いてくれてありがとう」
「良いんですよー!
むしろ俺の方こそ楽しみだし」
ぱたぱたと軽く手を振る祥順に笑みを返し、さっさと会計を済ます。気分を良くし、金曜日が楽しみだと言う彼を見ているだけで、自分も金曜日が楽しみに思えてくる。さっきじわじわと滲むようにして沸き上がろうとしていた不安感はすぐに感じなくなっていた。
浩和は現金な部分をちらつかせる自分の神経を心の中で笑ったのだった。
バレンタインを目前に浮足立つ空気の中、明寧と手を繋いだまま紗彩が手を振っていた。紗彩はムートンコートの中にツイードのワンピースを身に着け、いつも通りフェミニンな雰囲気を纏っている。正直、近くを歩いている女性の中で一番可愛い。
明寧の方はロング丈のPコートときっちりとしたスーツを着こなしており、マニッシュさの強い、出来る女といった風である。ショートカットの髪型はアシンメトリに変わっていたが、その小さな崩しがかっこいい。とても似合いの二人であった。
浩和があの二人がそうだと言いながら手を振れば、祥順は目を見開いて驚いた様子を見せ、それから慌ててお辞儀をした。
駅前で待つ二人の方へ浩和と祥順は足を向けた。近くまでいくと、祥順と明寧の身長がほとんど変わらない事に気がつく。背が高いとは認識していたものの、祥順と並ぶ程であったのかと舌を巻いた。
男性と見間違えても仕方ない長身だ。祥順は170センチ後半のはずだし、自分は182センチだ。モデルとしてもやっていけそうなその体型が紗彩と……とまで考えて頭を振る。つい下世話な想像をしてしまった。
やはり女っ気がないせいで欲求不満なのかとこっそりと溜息を吐く。
「初めまして。あまりにもお綺麗な二人組で驚いてしまいました。
えっと、紗彩さんは……あなたの方ですか?
梶川祥順です。
お電話ではありがとうございました」
変な想像をしている浩和の横では普通に会話が進んでいた。紗彩へと視線を向けた祥順が期待感のある瞳で彼女へ挨拶をしていたのである。
「そう。辻本紗彩です。
さわやかおとなしい系かー……思ってたのと少し違うわね。
わがまま言ってごめんなさい。浩和の話聞いてたら会いたくなっちゃって」
紗彩はにこりと笑みを作った。あ、これは獲物をロックオンしている時の顔だ。浩和はそっと紗彩から視線をはずした。
「俺なんか、そこまで言われるような人間じゃ――」
「立ち話もなんだし早くお店行こう?
そうそう、私は橘明寧ね。紗彩のオトモダチ」
すうっと紗彩をさりげなく背に隠すようにして明寧が前に出た。軽く握手を求める手を差し出された祥順は、躊躇いもなく彼女の手を握った。きゅっと口角を上げて目を細める祥順に、明寧も目を細めて笑みを作った。
「明寧さん、格好良いですね」
「そ? よく言われる」
「二人とも見つめ合ってないで、早く行こう」
祥順の素直な感想に明寧はにやりと口元を歪める。親しげに会話をする紗彩と祥順の間に割って入ったくせに、彼の賞賛にはまんざらでもないようだ。だが、ここでいつまでも立ち話をしている訳にはいかない。紗彩は祥順を観察する事に熱心で、祥順が動かなければ移動しなそうだ。
浩和は祥順と明寧の背中にそれぞれ手を添えて目的地の方へと移動を促すのだった。
目的地へと着き、それぞれ着席すると紗彩はメニューを取り出してどんどん注文し始める。ここは気軽に騒げる個室タイプの居酒屋だった。
適当につまみを頼み、とりあえずのビールを注文した紗彩の視線はずっと祥順に向いていた。さすがに祥順も戸惑い始めており、フォローの必要性を浩和は感じさせられた。
「紗彩、見つめ過ぎだ。
カジくんが困っているよ…」
「あっごめんなさい!」
紗彩の言葉は今日聞いた中で一番心が篭っていなかった。




