鶏料理と二人
すぐに合流した二人は近場の居酒屋へと入っていった。鶏料理を得意とした店で、会社の人間であれば知らない人ないない、といった会社行きつけの店でもある。
すでにテーブルの上にはチキンサラダに鶏の刺身、つくね、串焼きといった料理が並べられている。
「そうだ。大根おろし煮ください」
「じゃあ俺は味噌煮をお願いします」
二人は日本酒をちびちびと飲みながら料理をつまんでいる。二人ともくつろいだ雰囲気で、ネクタイを緩めていた。
「渋いの選ぶね。でもおいしそうだ」
浩和の言葉に祥順は笑顔で頷く。つくねに黄身を絡ませて口に運ぶ。取り皿に黄身がぽたりと垂れる。唇をぺろりと舐める姿は、極上のものを食べていて幸せだというように見えた。
「久しぶりに食べたくなってしまって。
ここの味噌煮はとても旨いんです」
「へぇ」
「手作りの特製味噌で作っているそうですよ」
普段から色々と教えられる側になる事の多い祥順は、浩和に教えているのが楽しいのか饒舌だ。作る時よりも食べている時の方が生き生きとしている。
本人が料理を教えてほしいと言う限りは休日に教えるつもりではあるが、この様子を見ていると自分の作った料理を楽しんでもらいたいという気持ちが強くなるようだった。
祥順は濃厚な味噌煮の話に夢中になっていた。やはり食べる方が好きなのではないか、と言いたい気持ちを抑える為に近くにある鶏の刺身をつついた。口に入れれば、ショウガとニンニクの香りが広がり、刺身特有の触感が浩和をうっとりとさせる。
「鶏刺し、安心して食べられるお店って少ないですよね」
「俺はここ数年、鶏刺し食べる時はこの店だけだよ」
基本的にほぼ生で食べるというこの料理は、世界的には避けた方が良いと言われている。食中毒のリスクが格段に高いのだ。だが、様々な食材を生で食べたい日本人からすれば、そんなの知ったこっちゃない。という訳だ。
浩和もその一人であるが、一応気を使っている。好き好んでサルモネラ菌やカンピロバクターと仲良くしたいとも思っていない。でも、おいしいものは食べたい。という事で、きちんと管理している店でしか食べないようにしている。
入社した当初にこの店を先輩社員から教えられた。鶏刺しがおいしいという話も聞いた。事実、おいしいわけだ。管理にも気を使っているという話を店主からも聞いている。
それ以上に浩和が重要視していたのは、実績である。だいたいの社員が入れ替わり立ち替わり毎日のようにこの店へ寄っている。
それでも、うちの社員に鶏刺しで食中毒になった人間はいない。つまり、店主の言葉通り神経質に管理されているのだ。裏付けも取れる実績もある。これ以上の信頼はないだろう。
「それ、分かります。
安心して食べられるし、何よりおいしい!」
少し酒が回ってきたのだろうか。祥順のテンションがおかしい気がする。浩和は空になってきた皿を見ながら、酒の配分を考え始めた。
「あ、頼むの忘れてました。
もう一品、注文して良いですか?」
ふと、身を乗り出して真剣な眼差しを向けられる。
浩和はにこやかに頷いた。既に結構な量を頼んでいるが、もう一品位ならば大丈夫だろう。一人で食べるわけではないのだ。それに、そこまでして頼みたいものが何なのか、浩和は好奇心をくすぐられていた。
「で、何を頼みます?」
「鳥軟骨のから揚げです!」
オーソドックスな料理だった。ここのから揚げには七味マヨネーズが付いてくる。それが、七味の割合が多い真っ赤と言っても過言ではないのだ。辛いのが苦手な人には、恐ろしい代物のように見えるだろう。しかしこれが旨い。
辛いが、とても旨い。祥順がこれを頼みたいという気持ちはとても良く分かる。
揚げたてが持ってこられる前に皿を重ねてしまおう。二人は残っていたものを半分にして取り皿にまとめた。
「鶏軟骨がデザートですね!」
今にもとろけてしまいそうな笑顔で祥順が言った。浩和はあまりにもゆるみきっている彼がかわいらしく、頭を撫でた。
「や、ここは子供扱いする所じゃないですよ」
「あー、その、嬉しそうなその笑顔を見てたらつい」
浩和が居心地の悪さをごまかすように前髪をいじっていると、祥順は笑い出した。やはり祥順は酒が回っているらしい。
「良いですけど。俺が滝川さんと仲良しだって証拠ですもん」
「うん、そう。俺達は親友だから」
酒の影響で潤んだ瞳は、焦点が定まっていないように見える。ふんわりとした雰囲気を纏う祥順は、文字通り拙い動きでつくねを頬張った。さっきよりも唇に黄身が垂れる。口に入れすぎてあふれたというのが正しい。
咀嚼するためにきゅっと閉じた唇の間から漏れ出てたそれは、彼の唇をてらてらと光らせた。店内の照明のせいか、今まで見た誰の唇よりも魅力的に映る。おいしいものを少しも逃さずに食べきろうというのか、祥順は艶やかに光る唇を舐めた。
舌が唇の上をなぞり、元の場所へと戻っていく。きれいになった唇は満足そうに弧を描いた。浩和は同性に対して性的色気を感じた事はないが、これはそういう色気を感じさせる動きだった。
「軟骨からあげお待たせしましたー!」
「お」
「あっ」
祥順の口元に全てを集中していた浩和は店員の声掛けで我に返る。一方の祥順は店員の言葉に瞳を輝かせた。浩和の視線には気がつかなかったらしく、それどころか軟骨を二等分して。
更に、自分の方にはからあげがどこにあるのかと疑問に見えるほどべったりと、七味マヨネーズをつけていた。
酔っぱらった彼の様子に小さく溜息を吐く。これは呆れではない。助かったと、ほっとした吐息だった。紗彩と明寧の事を知って、感化されているようだ。
浩和は、自分で思っているよりも元カノである紗彩が女性同士で連れ合い、人生を謳歌している事を気にしているのだと今更ながらに自覚したのだった。
2023.10.15 誤字修正




