気付かれない程度にかっこ悪い浩和
大体、浩和自身は祥順をそういう目で見た事がない。そもそも身近な人間にそういう属性を持つ者がいるという事を昨日知ったばかりである。遠くで話題になっているのと、至近距離で接触するのでは、また話が違う。
そうなって初めて、ヘテロとホモの差を考えるのだ。と浩和は言いたかったが、よくよく考えてみれば紗彩と明寧の事を知った時、性差よりも人間性の差を考えさせられていたのを思い出す。
性差については全く頭に浮かんでいなかった。いや、考えてはいたが、それは同性のパートナーを持つ人間に対する気遣いであり、自分が異性の魅力に負けたとかそういう話ではない。ましてや、自分に今後できるであろうパートナーを同性にするかどうかとか、そういう話に行き着くはずがない。
自分の心の機微をどう表現すれば紗彩に伝わるのか、浩和には分からなかった。浩和はそれを伝える事を諦め、無難に会話の続きを口にする。
「まあ、カジ君自身が首を縦に振ったらだね」
「俺がどうかしました?」
浩和の背後から聞こえてきたのは、話題の人物であった。
「あ」
非常階段で話し込んでいた浩和の背後から、祥順が声をかけた。紗彩が電話越しに「え、嘘。まさか本人? タイミングすごい!」などとはやし立てている。まるで有名人を前にして興奮する少女のようだ。
祥順は浩和の肩越しにいるであろう人を見ようとして、彼が一人きりであると気がつく。そして浩和の手に端末を見つけて謝った。
「すみません」
「丁度良い。
今、紗彩と電話してるんだが――」
「やっぱりカジ君? 生カジ君??」
浩和の言葉に反応した紗彩の声が端末から漏れる。随分と興奮しているらしい。漏れ聞こえてくる女性の声に、祥順は目を丸くした。
「俺、何かしました?」
「電話の相手、紗彩なんだけど。一緒に食事しないかって」
「へ?」
祥順は困惑の視線を端末に送る。どう反応して良いのか分からないのだろう。浩和はあえてスピーカーに切り替えた。
「紗彩、君が言い出したんだ。
スピーカーに切り替えたから、彼に直接説明してくれないか」
「あ、良いの?」
紗彩は、声も聞いた事のない相手と話すよう言われたにも関わらず――いや、それ以上に先程までの興奮すらなかったかのような――あっさりとした反応である。むしろ祥順の方が動揺している。
少しは紗彩も動揺するか、より興奮するかのどちらかだと考えていた浩和は少しだけ残念な気持ちを抱いた。
「まずは、初めまして。
この人の元カノ、紗彩です」
「あ、はい。滝川さんにはいつもお世話になっております。
梶川祥順です」
何だかすごい挨拶だ。それが浩和の感想だった。そもそも紗彩の挨拶がおかしいし、祥順の方は完全にビジネスライクなのか、上司に家族を紹介された人みたいな挨拶になっている。いや、浩和は祥順の上司ではないから、やはりこの挨拶もおかしい。
紗彩の表情はさすがに分からないが、おそらく祥順の反応を楽しんでいるのではないだろうか。祥順の方は畏まってしまっている。指摘するだけ無駄だろうし、紗彩の楽しみを増やすだけになりそうだと浩和は無言のまま彼を見守る事にした。
「昨日、私の友だちと浩和の三人で食事したんだけど、カジ君の話題になってね」
「ええっ」
「それで会ってみたいなーと思って。
だめかしら?」
紗彩は祥順がどのような人物か、会いやすいように関係を伏せて明寧も同席させるつもりらしい。直情型に見える彼女が友人としての距離感を保っていられるのかは浩和には分からない。
だが、普通に考えて破局したカップルに一人加わるよりは気が楽だろう事は確かだ。
祥順もそう思ったらしく、少しだけ考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「私で良ければ、ぜひ」
祥順はそう言ってから浩和をちらりと見る。自分の出した答えが迷惑ではなかったか、と言いたげだ。浩和は祥順に小さな笑みを送った。
ほっとしたのか、祥順の目尻がほんの少しだけ下がった。
「だそうだよ」
「やった!」
ガッツポーズでもしていそうな声で紗彩がはしゃぐ。祥順は彼女に喜ばれてまんざらでもないのか、見えない相手にへにゃりと笑みを作った。
何となく面白くない気分になる浩和だったが、友達を取られた小学生のようなこの気持ちを振り払うように話を進める。
「日取りは紗彩たちになるべく合わせるよ。
候補日が決まったら連絡して。
……カジ君もそれでいいよね?」
「あ、はい。もちろん」
「了解ー」
早速茜寧に連絡しなきゃ、と弾む声がすると、こちら側の挨拶も聞かずに電話を切られてしまった。少しばかりせっかちな所があるんだと言い訳じみたフォローをすると、祥順はにこやかに首を振った。
「気にしないでください。
紗彩さんが素敵な人なのは、十分理解しているつもりですから」
祥順はぐっと拳に力を入れて主張した。どうやら言い出さなかっただけで、紗彩に興味があったようだ。浩和の中で再び嫉妬のような気持ちが浮かんでくるが、どうにか飲み込んだ。
子供っぽい自分に呆れてしまう。偶然手に入れた友人だから、交友関係の狭い彼が気を許してくれているから、独占欲が強く出てしまうのだろう。偶に彼から憧憬の念を送られる事がある。それを裏切らない為にも、しっかりとしなければ。
「ありがとう。
多分今夜中にでも連絡が来るだろうし、仕事終わったら食べに行こうか?
これから時間かかるなら待つし」
「え。じゃあ俺、これ片したら仕事終わりにします!」
よほど紗彩と会うのが楽しみなのか。社内では滅多に見られない満面の笑みで答える祥順に、浩和は表情を固まらせた。
「……あ、うん。俺はさっき完成させた旅費精算の提出でもして待ってるよ」
「ではまた後で」
祥順は軽やかな足取りで上の階に戻っていった。ばたん、とドアの閉まる音を聞いてから浩和は天を仰いで深い溜息を吐いた。
「――俺、かっこ悪いなぁ」
浩和の言葉は誰に聞かれるでもなく、夕暮れと宵闇のが混濁する空に混ざっていった。
2021.10.30 誤字修正




