好き嫌いも飼い主次第
口の中に放り込んだもやしを咀嚼する寛茂の頬は膨らんでいて、リスのようになっている。見た目はどちらかと言えば大型犬である。アンバランスな感覚を覚えながら、千誠はそんな彼をおかずに棒々鶏を味わっていた。
「俺、出来合いのたれでしか食べた事なかったんですが、これうまいっすね」
「外食でも食べた事ないのか?」
「まあ、ほら中華料理店とかってあんま行かないですし」
確かに普通はそうなのかもしれない。下町育ちの千誠はたまに近所の中華料理店に連れて行かれていたから馴染みのある存在であるが、そういう店のない土地で育てばそんなものだろう。
小さな頃から通っていた近所の中華料理店のメニューは制覇した。社会人になってからは頻度が減っていき、ここ一、二年は行ってない。もしかしたら新メニューが出ているかもしれない。
今度、寛茂を連れて行ってやったら喜ぶだろうか。
「近い内に行ってみるか? 馴染みの店があるんだ」
「良いんですか! 行きます!」
もやしとキュウリが大めの棒々鶏だが、たれがしっかりしているから味気ないとは感じさせない。味噌汁は味噌少なめ、だし多めにして塩分の取りすぎを防ぐだけではなく、白飯の消費を防ぐ役割も持たせている。
味の濃淡バランスも考えた今夜のメニューはかなり千誠の理想通りである。千誠は棒々鶏に集中していたはずの寛茂がこちらをちらちらと見てきているのに気が付いた。どこかそわそわとしていて落ち着かない。
「どうかした?」
「あ、えっとその。馴染みの店って、滝川先輩達はご存じですか?」
そんな事か。いまだにあの二人への嫉妬がくすぶっているのだろうか。
「いや、会社の人とは行った事がないよ」
寛茂は千誠の言葉を聞くなりぱあっと笑顔を咲かせた。寛茂はどこまで千誠に懐いているのだろうか。愛玩動物の域を出ていないが、あまりにも寛茂が千誠の事を好きすぎる反応のせいで自意識過剰になりそうだ。
「人を連れていくのはヒロが初めてだな」
「へへ」
てれてれと緩んだ笑みの男はちょっと頼りなく見える。いや、実際頼りないのだが……。少しずつ成長しているから今後に期待――をするなら千誠がしっかり指導しろという話であった。
かなりのんびりとしたペースだが、着々と成長している。時間はかかったとしてもやり遂げてみせる。千誠は改めて心の中で誓う。
「連れてってやるけど、仕事方面も成長してくれよ」
「頑張ります!」
頑張りすぎて空回りしないように微調整してやらねば。
拳を握ってみせる寛茂を見ながらモチベーションの調整の難しさを思う。上げるのは簡単だがセーブさせるのが難しいのである。普通は上げるのが難しいのだが……そこは寛茂だ、普通とは違うのだと考えるしかない。
寛茂が棒々鶏をどんどん飲み込んでいく。良い食べっぷりである。ただ淡々と食べ続けているだけだが、おいしそうに食べてくれるのが良い。時折口元についたたれを舌で舐め取る。
その時の口角が微妙に上がっていた。無意識に口元が緩んでいるのだろう。そういう動作が好ましい。それに健康的な感じこそすれ、色気を感じさせないのもまた良い。
「俺んちの棒々鶏、もやしナシなんです。なんか肉メイン! みたいな棒々鶏だったんで。でも、もやしがあるとボリュームがあって良いっすね」
「肉がメインになるとご飯欲しくなるだろ」
「そう、その通り!」
寛茂が人差し指で指してきた。まさか取引先の人間にはやっていないだろうなと不安になった。
鶏肉を茹でて裂くだけでもそこそこ手間のかかる作業である。その上、茹でるものを一種類増やすなんて、と思う人は一定数いるだろう。
寛茂の家族も肉を入れれば済むだろうと考えたか、そもそももやしを入れるものだと思っていなかったか。そのどちらかだろうと想像はつく。
「だからもやしを入れたんだ」
「なるほどぉ……さすが栗原さん」
「明日のお昼がかなりのボリュームになる予定だから。前後である程度カロリーボリュームを調整しておこうかと思って」
「ありがたいっす」
そう言って味噌汁をすする。寛茂はほう、と息を吐いた。口には合っているようで良かった。
「うーん、沁みるぅ……」
「薄めの味噌汁に向かって何言ってんだ」
中年のような言葉遣いに思わず千誠が笑う。似合っていなかった。完全に父親の口癖を意味も分からずまねる子供のようだった。
「でもこれ、うまいっすよ」
「だしをきかせてあるからな」
「そっかぁ」
納得したのか、味噌汁を見つめていた。
「栗原さんの作る味噌汁……いつもおいしくて感動しちゃうんですよね。
家のは味噌ぶっ込んだだけって感じで正直あんまり好きじゃなかったんで」
「へぇ……?」
味噌汁が嫌いな人間は珍しい。そう思いつつ相槌を打つ。そういえば寛茂からこの料理は苦手だ、とかこれだけは食べられない、といった話を聞いた事がない。
「嫌いな食べ物とか、あるのか?」
「アレルギーはないので、栗原さんが作ったものなら食べます!」
嫌いな食べ物はあるようだ。だが、千誠が作るものならば構わないと言う。
「……でも、嫌いなんだろう?」
「栗原さんが作る料理は絶対おいしいから、食べたら好きになれる自信があります」
キッパリと言い切る男は、口元に棒棒鶏のたれがついている。全く格好がつかない。
「俺が作ったところで不味いとしか思えないかもよ」
「不思議なくらいに栗原さんが作った料理はめちゃハズレ無しだから、これからも大丈夫です」
「後で後悔しても知らないからな」
ここまで信頼されるのは、なんと反応すれば良いのだろうか。千誠はとりあえず、寛茂の口元のたれを指で拭ってやるのだった。
2024.2.15 一部加筆修正




