やきもちペットと親馬鹿飼い主
「ずるいです!」
「……何が?」
寛茂がジムから戻る前に帰宅していた千誠は、ただいまも言わずの一言に首を傾げて出迎えた。
「俺に秘密にして滝川さんと梶川さんのおうちに入り浸ってるなんて! ただいまです!」
そういう事か。『プンスカ』という擬音そのものの怒り方をしながらも帰宅の挨拶をする器用さに吹き出しそうになる。
「言う必要ある? ヒロだって行き先を告げずに出かけているだろ」
意地悪く反論すればぐっと押し黙る。
ぐるぐると喉の鳴る音が聞こえてきそうだ。不満のオーラを垂れ流しながら靴を脱ぎ始めるのを後目に、レモンスカッシュを作ってやる。日が短くなってきたとはいえ、まだまだ暑い日々が続いている。
買ってきた無農薬レモンで作ったレモンの蜂蜜漬けと炭酸水を混ぜるだけの簡素なものだが、意外とおいしい。炭酸水を湯に変えればレモネードになる。蜂蜜の量を多めにしておけば長期保存もできる。
塩レモンと同じくらいには冷蔵庫の常連である。
「はい、これでも飲んで頭冷やせ」
「うぅー……ありがとうございます」
怒っているなら礼を言わずとも、と思うがそこは寛茂だ。お人好しにとって怒り続ける事は難しいのかもしれない。
「相変わらずおいし……でも、怒ってるんですよ俺」
「そんなに?」
「だって、絶対おいしいもの食べてるでしょ!」
「くくっ」
そこか。そこなのか。千誠は眉尻を上げて怒りを露わにする寛茂に耐えきれずに笑い出した。そうか、そんなに食べたいのか。
「いつも食べているだろう?」
「俺が食べていないものを滝川さん達が食べていると思うと悔しくて……っ」
拳を握りしめてまで力強く言われてしまうと、茶化しにくい。寛茂にしてみれば、それほどまでに価値のあるものなのだろう。そんな真剣な気持ちを馬鹿にするほど千誠は意地悪ではない。
「はいはい。今度同じの作ってあげるよ。ヒロの為だけにね」
「うう、栗原さぁぁーん!」
「よしよし……甘えん坊も過ぎるなぁ」
これでもうじき二十九となる成人男性だとは恐ろしい。千誠の中でペット扱いされてしまうのも仕方がない。ぽんぽんと頭を軽く撫でれば、頭をその手に押しつけるようにして近付く。……犬か。
呆れる気持ちはあるが、可愛い奴めという気持ちの方が大きい。こんな可愛い生き物、存在自体が罪だろう。
「栗原さん、俺、頑張ってますから! もっと頑張りますから!」
人間の言葉を聞いても何が言いたいのか全く分からない。もっと撫でて、と尻尾を振っている事しか千誠には分からなかった。ぐいぐいと押しつけてくる頭を両手で押さえ、わしゃわしゃと髪を乱してやる。
うああぁぁと微妙なうめき声とも悲鳴とも形容詞がたい変な声を上げる寛茂は、眉尻を下げてぎゅっと目をつぶっていた。
「機嫌は直ったか?」
「はい……」
頭を目を目を合わせるように固定して聞けば、おそるおそる目を開けた寛茂は小さく力ない返事をしたのだった。
寛茂が二人に嫉妬していたのを鑑み、千誠は寛茂を連れて買い出しへ行く事にした。可愛いペットの為だ。一緒に買い出しするのが久しぶりなせいか、既に寛茂はご機嫌である。
鼻歌でも歌い出しそうなくらいに浮かれていて、買い物かごに詰め込まれていく材料を見ては笑みを浮かべている。
「この材料から察するに、今夜は鶏肉のソテーですか!」
自信満々に言う彼には申し訳ないがはずれだ。千誠はくすりと小さく笑って答えを言う。
「はずれ。今夜は棒々鶏だ。この鶏肉は茹でるんだよ」
「わぁ、手が凝ってますね!」
「その代わり、明日のお昼はお好み焼きな」
「おおおっ」
お子様舌なところのある寛茂は、お好み焼きや焼きそばといったソースを多用する料理も大好きだ。
片手でガッツポーズをした寛茂はお好み焼きに入れる具について語り出した。
「俺、エビとか乗ってるの食べたいです。定番の豚肉も捨てがたいっすけど……好きな具が入れられるってロマンですよね!
あっ、俺牛すじ入りとか食べた事ないんで食べてみたいです」
「牛すじは仕込みに時間がかかるんだが……今夜やればいいか。ヒロ、こんにゃく取ってきて」
「はい!」
人の手間など考えずに好き勝手言う寛茂だが、そんなわがままが可愛いとしか思えない。千誠は苦笑しつつリクエストに答えるべく「とってこい」と指示した。
駄犬がこんにゃくを見つけるのは簡単だろう。その短い間に牛すじを選ぶ。チーズ入りのお好み焼きも作ろう。チーズ入りにするなら、豚肉が必要だ。具の種類が増え、食べる量も増えるだろうがきっと寛茂の胃袋に収まるはずである。
夕食はヘルシーなものを考えないといけないな、と一日の摂取カロリーを考えながら豚肉も探す。
「おまたせしました」
「おかえり」
こんにゃくが追加されたかごに牛すじと豚肉を入れる。炭水化物の少ない料理の案が一つ浮かんだ。
「戻ってきたところで悪いが、しらたきを取りに行ってくれるか? 野菜を追加で買うから見つけたらそこにいてくれれば良い」
「はい!」
従順な寛茂は嬉しそうに背を向けた。千誠はベーコンとトマトソース缶を探してから彼のもとへ向かう。
しらたきとトマトソース、ベーコンに夏野菜を加えれば立派なメニューが作れる。しかも手抜きで、である。ヘルシーかつボリュームがあるから、寛茂が夕飯を見てひもじそうな顔をする事も避けられる。
ナスとズッキーニで良いだろうか。玉ねぎを追加しよう。あと、トッピングにトマトも乗せて豪華にしようか。キャベツも良いかもしれない。どうせ昼にも大量に使うのだ。夜に使っても文句は出ないだろう。
荷物は少々大きくなるが、男二人が持つ分には問題ない。千誠は愛すべき飼い犬が喜ぶ姿を思い浮かべながら大量の野菜を手に取るのだった。
2024.2.15 一部加筆修正




