だしづくしの昼ごはん
昼食作りは二人が変な認識を深めただけで終わってしまった。醤油の香ばしい香りを嗅ぎながら芋餅の様子を見る。そろそろ良いだろう。焦げ目のつき具合を確かめた千誠は小さく頷いた。
隣では良い具合に煮詰まってきただろう煮物が上品な香りを上らせている。鰹節ベースのだし汁で煮込んだそれは、老舗の弁当に入っていそうである。里芋にニンジン、巾着やレンコン他に、練り物と缶詰のタケノコが入っているから豪華にも見える。
「何か変?」
「あ、ああ、いやそういうんじゃない。うまくできたなって思っていただけだ」
千誠が祥順を誉めると、彼ははにかんだ。
「栗原さんのお墨付きがもらえたなら、きっと大成功だ」
「もう、その煮物は完成で良いよ。鍋をどかして味噌汁の続きをしてくれ」
「了解。ちょっと失礼」
鍋を持って一歩左へ移動した途端に浩和が割り込み、油揚げが泳いでいる片手鍋を置いた。反対の手には小松菜が乗ったまな板を持っている。
そう、今回の具は小松菜である。すぐに火が通る為、手早く味噌汁を作るのに便利な食材だ。
煮物に使っただし汁のあまりで味噌汁を仕上げ始める浩和は手際がよい。広めとは言え、男三人だと手狭になってしまうキッチンでも何とかやっていけるのは、浩和がうまく立ち回ってくれているからだろう。
完成で良いと言われた祥順の方は鍋をカウンターに乗せ、小鉢に煮物を盛りつけ始めている。最初の頃に比べたら祥順もだいぶこなれてきている。よく千誠や浩和とぶつかっていたが、最近ではそういう事も少ない。
人の成長を見るのはいつだって楽しい。千誠は自分が無類の世話好きだったのだと実感する。
「どのぐらいよそる?」
「適当で良いよ。ああ、あと冷蔵庫にある松風焼きもお願い」
「分かった」
今回のメニューだとほとんど肉がないと気が付いた千誠は、鶏の挽き肉を使った松風焼きを持参した。タッパーに入れて持ってきたそれは、お節料理にも使えるくせに簡単に作れるお総菜である。
作ってから四、五日は持つ為、弁当の具としても優秀な部類だと千誠は考えている。……千誠が弁当を作って出勤する事はほとんどないが。
おかず用という事で、大きめに切られた松風焼きが大きめの平皿に盛られていく。
竹串を刺しておいたから、各自好きなだけ取る方式にしようとしているのだろう。祥順の手で放射線状に松風焼きが並べられていく様子を、千誠は芋餅用の皿を取り出しながら見守っていた。
「栗原さん、味噌汁オーケー」
「お椀出したよ」
千誠が料理を教えるという名目で二人の愛の巣に訪問をするようになって、ここには和風な食器が増えてきた。このお椀もその一つである。
千誠は二人の生活にずいぶんと浸食してしまっている自分の存在を不思議に思いながら器を手渡した。浩和がIHの上に器を置いて味噌汁を分けていくのを後目に、見栄え重視で少し小さめに作った芋餅を三枚ずつ取り分ける。
そうしている間に祥順が盛りつけの終わった皿をテーブルへと運んでいく。本当に段取りがうまく行くようになった。千誠はスムーズに進む昼食準備に満足するのだった。
誰かと料理をする時にこれほどやりやすいと感じた事はない。回を増すにつれ、三人での料理にイレギュラーな混乱は減っていき、とうとう今日は何も困った事が起きなかった。
カップルに挟まれての料理に居心地の良さを求めるのは間違っているとは分かっている。だが、千誠の中で、この時間は寛茂とは違った意味での癒し空間であった。
寛茂がスポーツジムに通っている時間、こちらに入り浸ってしまうのが止められない。
「芋餅って初めて食べたんだけど、ニョッキとはまた違うんだな」
「今回作ったのは片栗粉を使った芋餅だから、ニョッキとは食感が全然違うはずだ」
ニョッキは小麦粉を使う為、厳密に言えば芋餅とは全くの別物である。それに今回はジャガイモの食感も楽しめるようにマッシャー仕上げだけにした。誰が食べてもニョッキと間違えはしないだろう。
甘しょっぱくなるように調合した醤油ベースのタレが染み込んだ芋餅は、我ながらに上手くいった。自分好みの味に舌鼓を打った千誠は口元を緩める。
小松菜もしゃきしゃきとした食感が残っていて千誠好みである。この絶妙な火の加減は浩和の得意とするところだ。天ぷらとか揚げ物をやらせてみたら良いかもしれない。
「タキくん、今度は天ぷらにしようか」
「えっ、天ぷら鍋買わなきゃな」
驚いた顔をしつつ、そんな事を零す浩和は天ぷらを揚げるのは嫌ではないらしい。隣の祥順はきらきらとした視線を浩和へと送っている。
「天ぷら鍋を買ったらエビフライとか食べれるかな? 俺、クリームコロッケとか作ってみたい」
祥順の視線の正体は彼への憧れではなく食への興味の方だった。思わず食い気の強い祥順を笑ってしまう。
「はは、カジくんはまたそんな可愛い事を。良いよ、天ぷらの次はクリームコロッケだ」
祥順の作った煮物を食む。少し甘みが目立つが、食べられなくはない。鰹のだしが効いているおかげでくどくもない。揚げ物を咀嚼すればじわりとだし汁が口内へ広がった。揚げ物の旨味も滲み出す。
ごぼう入りの揚げ物は、噛めば噛むほどにごぼうの旨みが漏れ出てくる。素晴らしい。
感想を伝えようと祥順を見れば、自信満々そのものといった表情である。祥順は自信家のように振る舞う事が多いが、それは自信のなさの表れである。
堂々としていれば、相手が訝しむことはない。それを無意識の内に実行しているだけだろう。無意識に自分を守ろうとするという事は、それだけ恐がりだという事だ。千誠もそれに通ずるところがあるから分かる。
「もう少し砂糖を減らした方が良いけど、とても具の旨みが染み出してて美味しいよ。切り方も綺麗だし、煮転がし方が丁寧だから崩れてないし、お店で売っているお惣菜みたいだ」
千誠の言葉にほっとしたらしく、祥順は自信満々な表情を緩めて柔らかな笑顔へ戻ったのだった。
2024.2.15 一部加筆修正




