似た者夫婦と無自覚な千誠
「栗原さんって、割と伊高さんの事好きだよね」
そう祥順に指摘された千誠は驚きのあまり動きを止めた。手に持っている調理器具を落とさなかっただけましだろうが、あまりにもはっきりと反応したせいか、彼に笑われる。
「はは、栗原さんもそんな顔するんだな」
「祥順……人をからかってはいけないよ」
浩和が祥順をやんわりと注意する。そんな顔って、どんな顔だ。千誠は内心で悪態をつきながら笑顔を張り付ける。ゆっくりと視線を向けてやれば、居心地悪そうにすると思っていた祥順はにんまりとしていた。
友人らしくなってきたのは良いが、どうにも祥順は内弁慶の気があるらしい。いや、内弁慶とは少し違うか。千誠は思い直す。
突拍子もなくこうして切り込んでくる事が増えてきたのは、浩和との関係を知られているからだろうか。それにしても今回も鋭いところを突いてきた。
「まあ、俺だって嫌いな人間と同居はしないよ。何でまた突然?」
こちらから深く掘り下げる話題ではないが、質問で返す。祥順としては探ってきているという風でもなく、ただ思いついた事が口から出てきたような感じだと分かっていたからである。
祥順にそう思わせる“何か”があったに違いない。それを掘り下げる事は千誠にとって決してマイナスではない。
「あー、なんて言うか。普通は後輩や部下の為にここまではやならいよなって、ふと思ったんだ」
「――そんな事か」
千誠と寛茂の同居生活を知る人間ならば、誰でも抱きそうな疑問だった。
「理由は簡単だ。うちの会社は今のところ依願退職を促したりはしない。だからこそ、ダメな社員がダメなままでいるのが問題になる。周囲へ悪影響があるからね。
……まあ、主に総務が」
「ああ……」
がっかりしたような、残念な声が出る。
「残業が増えれば必然的に総務全体のモチベーションも作業効率も下がる。更に原因への視線も厳しくなって悪い事ばかりだ」
確かに、それだけならばここまでよくしてやったりはしない。
「一番の理由は二人が彼を一人前にしようと頑張ってたから、かな」
爆弾みたいなあの男を二人がどうにかしようとしているなら、という気持ちがあった。二人がそうやって面倒を見るという事は、性格だけは良いはずだ。
少なくとも祥順と浩和は、人間性の粗悪な人間を面倒見ようという奇特な性格ではない。とすれば、彼らが見捨てずに頑張っているのは寛茂が二人にとってかわいい後輩という存在である事に違いない。
そうであるならば、というわけだ。
「俺達が理由の一つになるのは意外だな」
「そうか?」
浩和は笑う。
「だって、仕方なくやってるかもしれないだろ? 特に俺はヒロと一緒に仕事していたから必要に駆られただけかもしれない。祥順は彼の面倒が俺の手に余ってしまっていたから、仕方なく手を貸しただけかもしれない」
そういう考え方もあるか。千誠は内心で頷きながら、その考えに至らなかった理由を口にする。
「君達は終業時間外もつき合っていただろう。二人が仕事上仕方なく、ならばそんな事をするとは思えない。
仕事の範囲内でやるはずだ。つまり、君達の行動は最初は“必要だから”かもしれないが、好意が上回った」
ちゃんと思考が回ってきたのを感じた千誠は途中にしてしまったマッシュポテトづくりを再開させる。今は芋餅を作っている最中である。
少しの手間で簡単に作れる単純な料理という事で、作る事になったのだ。
「確かに、ヒロという人間と一緒に住んだら面白そうだと思わなかったとは言わない。でも、それだけを理由にするほど酔狂な性格はしていないよ」
「面白そうだとは思ったんだ」
火が通ってもジャガイモを潰すのには少しコツが入る。千誠はマッシャーに体重を乗せて力を込めた。
「人生、行動全てに楽しみを見つけておけば幸せでいられるものさ」
どんな行動にも楽しみのポイントがあるはずだ。ないのなら、その行動の後に楽しみを付属させれば良い。ただそれだけで充実した時間に変わる。
祥順は思ったような回答が得られず不満らしい。その証拠にさっきから浩和が祥順の代わりに話に乗っている。分かりやすい反応が可愛らしくて好ましい。
そんな彼には少し面白い話題をあげておこうか。
「あと、これは本人には秘密だけど俺はヒロの事をペットみたいに大事にしてる」
「ペット」
祥順の好奇心に引っかかった。それは浩和も同じようで、彼も好奇心に満ちた視線を寄越す。
「大型犬を飼っている気分になるんだよ」
「ああ、分かる」
「確かに……」
二人が頷いた。
「ご主人様至上主義の犬みたいなところがあって面白いんだ。誠実な彼の為に、俺も何かを返してあげたいと思うわけだ」
何かをしてやるだけでとても喜んでみせる。その顔がとても癒されるのである。癒し系とは程遠い見た目なのだが、どうしてか心が軽くなる。
不思議な事だが、純粋な好意の塊みたいな視線を受け取ると幸せな気分になってしまう。
「かなりの癒し効果があるんだよ、彼」
千誠はこの前の表情を思い出しては笑顔を見せる。あれほどの報酬はなかなか得られない。想像以上に喜ばれる事がこれほど嬉しい事だとは知らなかった。
「見返りが欲しいからやっているわけではないけど、でも毎回すごく喜んでくれるから。こっちまで幸せになる。ペットセラピーみたいなんだ」
寛茂は人間だから、ペットセラピーと言うのは失礼か。だが、それ以外にふさわしい言葉が見つからないのだから仕方がない。
「何に対しても前向きだから、確かに元気をもらえると思う時もある……かな?」
「俺はたまにイラッとくるけど」
おや、同意は得られないらしい。千誠は首を傾げる。
「栗原さんにしか分からない良さがあるって事は、やっぱり特別なんじゃないのか?」
そんな事を言う祥順はお玉を片手に前のめりになっている。祥順は煮物を作る事になっていたはずだが、浩和が代わりに面倒を見ている。
「栗原さんが今すごく幸せなら、それはきっと相手が特別だからかもしれないよ」
浩和まで祥順みたいな事を言い始めた。千誠は似た者夫婦め、と心の中で小さく毒づいたのだった。
2024.2.14 一部加筆修正




