寛茂、栗を食べる
寛茂がモンブランをひとすくい、口に入れた感想は「もう死んでも良い」だった。ほどよい柔らかさで濃厚な外側のクリーム、ちゃんと噛んで味わえと咀嚼を促すクラッシュマロン。
寛茂がクラッシュマロンを噛み潰そうとすれば、もったりしたクリームがとろけだして口の中を蹂躙した。
しかもこのクラッシュマロン、なんだか赤ワインのような香りがする。隠し味だろうか。かすかなワインを感じるクラッシュマロンが、栗のうまみを引き出しているように思える。
「どう?」
「このまま昇天しそうなくらいおいしいです」
「そ、そうか……」
千誠に感想を求められ、即答する。そして再びモンブランへと意識を向けた。砂糖は控えめだけど、千誠がモンブランの種だと紹介した三種類の加工品の糖分だけでしっかりと甘みが感じられる。
加工中に砂糖が加えられたから、というのももっともだろうが、栗そのものが持つ甘さも感じられる。
「くふふ」
「……?」
……俺ってば、ちょっとした評論家になれちゃうんじゃない? と自分で茶化しながらモンブランを味わった。
千誠の視線が奇妙な物を見るような、相手を心配するような、そして少しだけ照れくさそうなものをはらんでいるとは露知らず。
千誠は黙々と、しかしゆっくりと味わうようにモンブランを食べる男を見つめていた。いままでにない味わい方に変な緊張が走ったのは束の間で、自分よりも五つ以上年下の、それも色々と成長過程にある男が心の底から幸せそうな表情をしているのに気が付き、小さく胸を撫で下ろす。
寛茂はこれ以上ないのではないかと千誠が思うほど、目尻と眉尻が下がりきっている。趣向を凝らしたモンブランは、確かに千誠も気合いを入れて作り上げた一品だと胸を張れる代物だ。
何より、マロングラッセもマロンペーストも手作りな上、何度も試行錯誤を繰り返してレシピを組み立てたのである。因みにこれの協力者は祥順と浩和である。料理を教える代わりに味見を頼んだのだ。
単品とモンブラン完成品、両方味見を手伝ってもらった。二人には「しばらくモンブランはいらないから、いつか完成品を作ってほしい」と言われるくらいには試食してもらった。
ここまで、とは思わなかったものの喜んでくれるに違いないと思うくらいには自信作だった。
時折変な笑い声を上げる目の前の男は、ほんの少しだけ、いや割と結構気味が悪い。
――が、千誠の気分は悪くなかった。ここまで喜んでくれるなら大成功だ。最近順調に寛茂の評判が上がっている。それに対するご褒美なのだから。それに栗の菓子を食べられているというのが良い。
きっと彼は気が付くまい。自分の名前にちなんだ素材を使ったなど。間接的に食べられている感じがして気分が良い。寛茂とそういう関係になりたいのかと聞かれれば、否と答えるだろう。残念ながら千誠にとって寛茂はペットの域を出ていない。
成長したら……可能性はなくはない、かもしれない。が、今のところはない。それでも、こうしてこだわった菓子を振る舞うくらいには大切に思っているつもりである。
「――そんなにおいしいか?」
「ふぁい。もうかんれきれふ。んんっ、俺は今、幸せを食べてます!」
薄紅色に染まった頬を緩ませ、とろんとした瞳で満足げに言う。情事の後のネコのような表情にぎょっとする。菓子一つでこんな顔をさせる事ができるのは安上がりだと思う反面、見てはいけないものを見てしまったような気分になった。
「これがあともう一つ食べられると思うと、たまらない気持ちになります」
「そう、良かったな」
「あい」
たまらない気持ちって何だよ、と聞きたくなったが耐える。反動でつっけんどんな返事が口から出るも、寛茂はもしゃもしゃと土台を食べていて気にしていないようだ。
「バターが染み込んでてまろやか、コクも何もかも最高の味」
千誠は一心不乱にモンブランを頬張る寛茂を、自分のモンブランを食べる手を休めてまで見つめていた。寛茂が最後の一口を放り込んだのを見て、ようやく千誠の手が動く。
ぬるくなり始めたコーヒーを喉に流し込み、モンブランをひとすくい。隠し味のスパイスが味に広がりを持たせているのを確認し、満足する。きっとこの複雑な味に寛茂が気付く事はない。が、それで良かった。
あまり細かい事をつつかれると面倒だ。千誠は寛茂に視線を戻す。彼は満足げに息を吐いて、食後のコーヒーを味わっている。
千誠の食べるスピードが遅いのには気が付いていないようだ。この観察眼のレベルの低さに呆れが半分、ちょうど良いという気持ちが半分。
営業なのだからもう少し観察眼を磨くべきだと指摘した方が良いだろうか。指摘したところで、すぐに改善される能力ではないのは十分承知だ。視界に入った情報が何を示しているのか、自然と汲み取れるようになるまでには時間がかかる。
自分の事だけで手一杯の内は、この能力を磨くのは難しいだろう。おいおい、できるようになれば良い。欲張りは禁物だ。
「……満足か」
「はい! ご馳走様でした」
「うむ」
寛茂は幸せそうに緩みっぱなしの顔のままだ。千誠はそんな彼の頭を軽く撫でてやる。
「片付けは任せるよ」
「任せられました!」
大した事でもないのにいちいち大袈裟だが、寛茂だから仕方がない。千誠は自分の皿をシンクへと運びながら後をついてくる大型犬に視線を向けた。
……目が合うと、嬉しそうな笑顔が帰ってくる。どうにも寛茂の反応が理解できない。千誠は見なかった事にして洗い物を任せ、寝る支度を始めるのだった。
2024.2.14 一部加筆修正




