調子付いた千誠の視線と寛茂のやる気スイッチ
久しぶりに調子に乗ってしまった。千誠は寛茂が出すシャワーの水音を聞きながら反省していた。酔い醒ましに付き合うだけ。そんな気持ちから始まった寛茂が飲んだアルコール当てゲームだったが、思いの外盛り上がってしまい、真夜中を過ぎてしまったのだ。
さっさと寝て明日に備えなければいけないというのに、時間を忘れて出題するものがなくなるまで遊んでしまった。明日寛茂が寝坊したり仕事中に寝たり、はたまた集中力の欠如によりミスを連発したりしたらどうしよう。
今のところ、社内の保護者という立ち位置にいるのに、率先して遊ばせてどうする。千誠はそう自分を戒めた。
……まあしかし、あれだ。たまには思い切り遊ばせてやらないとストレスも溜まるだろう。だから、今日のは特別遊ばせてやったという事で良いのかもしれない。とはいえ睡眠時間を削らせてしまうのはまずい。
互いにいい大人なのだから自分を管理するというのをしっかりと徹底すべきだった。
「栗原さぁーん、タオル見つからないですー」
「あれ? ちょっと待って」
寛茂がさして困っていない声色で叫んでいる。タオルは洗面台の隣のラックにしまってあったはずだが。
「入るぞ」
「きゃぁーえっちー」
脱衣スペースに入ると黄色い悲鳴が上がった。まだアルコールは抜けていないらしい姿を一別して脱力する。ついでに寛茂の肉体チェック。運動をしていたというだけあって、しっかりとした筋肉がついている。
千誠の作られた筋肉というのとはまた違い、使うところだけについていて無駄がない。見た目で言うならば千誠の筋肉も負けてはいないだろうが、野性味のある色気とは違う。均整的でないからこそ、粗野な雄っぽい。なかなか眼福である。千誠はそんな感想を抱きながらラックの中を探した。
「あるだろう。ほら」
「ありがとうございます!」
千誠はバスタオルを一枚取り出して渡してやる。ちらりと下半身のそれが漏れ見えた。ふぅん。千誠はタオルを渡したら用が済んだと言わんばかりに外へ出る。
恐らく本人は見られた事など気が付いていないだろう。色々と良いものが見られて満足した千誠は、寛茂がじっと己の背中を見つめてきていた事に気が付かなかった。
千誠に素っ裸な状態を見られた瞬間、寛茂の酔いがやっと醒めた。ふざけた口調で股間を隠した姿に、千誠が酔っぱらったままだと勘違いしてくれて助かった。
「はぁ、びっくりしたなぁ」
自分がタオルを見つけられなかったのが原因なのだから仕方ないが、本当にびっくりした。ノックも何もなく突然開けられた扉に飛び上がるかと思った。声掛けはあったけど、開くのと同時だったし!
社員旅行とかで互いの裸を見る機会もあったはずだが、千誠は大浴場へ行かずに済ませてしまっていたかタイミングが合わなかったのか、一緒になる事はなかった。
それに大浴場とかであれば、お互いに裸だ。だからお互い様というか、そんな感じで恥ずかしさも半減だ。それが、今日は突然一方的に見られてしまった。そりゃびっくりしても許されると思う。
自業自得とはいえ、千誠は寛茂が考えていたよりもじっと体を見つめてきたからドキドキした。営業職をやっているだけあって、これでも人の挙動を見るのはうまい方だと思う。
千誠は驚いたというような表情をして、それから呆れたような溜息を吐き出していたが、その実は冷静なように見えた。彼の視線が寛茂の筋肉をなぞったのにはもっと驚いた。何事もないような動きだったけど、絶対あれはそれだけじゃない。
寛茂はフットボール部だった。大学のサークルもフットボール。スポーツ推薦枠とかそういうレベルではなかったが、割と頑張って練習もしたし試合も出させてもらった。だから、人並み以上には筋肉がある。
見られて恥ずかしいような筋肉はしていない自信があるけど、だからといって見られても恥ずかしく感じないというわけじゃない。
人間、羞恥心をある程度は忘れちゃいけないと思う。寛茂は豪快に体を拭きながら千誠の視線を思い出してふるりと震えた。
へぇ、そういう身体してるんだ。
そう聞こえてくるようだった。千誠の視線はさらりと風が触れてくるような、そんな軽い視線だったが、本能的に品定めされていると感じた。
「……俺、お眼鏡にかなったのかな」
がしがしと頭を拭く。ふと、最近充実しすぎている食生活のせいで何となく輪郭が曖昧になった腹越しに、育ちきった筋肉質な太腿が目に入る。走り込みし、タックルを耐えて踏ん張る時に使った部分はフットボールを止めてもあまり細くならなかった。
未だに筋肉質な状態を保っている太腿はともかく、現役時代からすればたるんでしまったと言えるこの腹は良くない。
「うー……」
昔はつまもうとしたらつねる事になり、激痛が走ってしまうくらいには脂肪がなかったのに。今はなんとなく皮がつまめるような感じだ。
「いやいや、人に見てもらう為に鍛えてたんじゃないし!」
ばさっとタオルを洗濯機側の物干し竿にかける。再び生まれた時の姿そのものになった寛茂は、思わずはっとして自分の股間を押さえた。
「また来たらどうし――って、さっきのは俺が呼んだんだって」
はぁぁ、と情けない溜息を吐いて肩を落とした。そうだ。ちゃんとまた運動しよう。そうしたら少しは見られても堂々としていられるかもしれない。千誠は運動とかとは遠そうなのに、結構良い体格をしている。
千誠の私服姿を見るようになって気が付いたが、身体のラインが整っているのだ。それに料理中にぶつかったりする時の感触は、発達した筋肉の弾力だった。
「脳味噌も肉体も負けてるってどんなんだよ、俺ぇ……。せめて、筋肉くらいは栗原さんに認めてほしいなぁ」
自分が少しでも良いところを見せたい、という気持ちになるのは試合以来かもしれない。もちろん勉強は頑張る。力が及ばないかもしれないけど、頑張る。
でもそれ以外で自分の見せ場となるのは筋肉くらい。
「よし、身体も鍛え直して見惚れさせてやる」
それで「ああ、立派な筋肉してるね。私よりもすごいじゃないか」って言われるようになるのだ。完成したら、またタオルをとってもらおう。勉強と両立してみせれば、千誠に認めてもらえるだろう。和菓子だって作ってもらえる。
寛茂は千誠のあの視線で別のやる気スイッチが入ったのだった。
2024.1.22 一部加筆修正




