行動の寛茂と巻き込まれカップル
「あの、滝川さん。お願いがあるのですが」
「うん?」
祥順と休憩を楽しんでいると、申し訳なさそうに寛茂が入ってきた。仕事の話かと気を引き締める浩和の様子に気が付いたのか、彼は手を振って違うんです、と言う。
仕事以外で――となると。また、バーに連れて行ってほしい、とかだろうか。しかし表情と内容が合わない気がする。
「滝川さんのおすすめジムを教えてください」
「……おすすめ事務?」
浩和の呟きにすうっと祥順の目が眇められた。いや、まさか……だったらそれはまずい。女性を紹介してくれとか、いくら休憩中でも祥順のいない所でしてほしい。そもそも、紹介できる女性なんていない。
「はい。俺、最近栗原さんの所でお世話になっているせいか脂肪が気になっちゃって。お恥ずかしながら、気が向くだけ筋トレができるおすすめのジムを教えてほしくって」
どうやら“じむ”違いだったらしい。そっと胸を撫で下ろす。ある意味真面目な質問だった。
「ああ、筋トレか」
「……筋トレ」
ほっとして口から出た浩和の言葉を、祥順が脱力したように復唱した。
「いやぁ、ヒロのやつ。おもしろかったなぁ」
「……突然何を言い出すのかと思った」
準備もあるし、ジムには明日連れて行ってやると約束すると、尻尾の幻が見えた。大きく振られているそれは、とても嬉しそうだった。あの後、寛茂はいかに千誠と共に作る食事がおいしいのか、いかに寛茂に手伝わせる時の指示が的確なのか、などなどを嬉しそうに語っていった。
あまりにも幸せそうな様子に、浩和と祥順は千誠ののろけ話を聞く時と同じようにただただ相づちを打つだけだ。
「人材の紹介じゃなくて良かったよ」
「おすすめ事務、なんて事務系社員の俺を差し置いて言うから……てっきり合コンの要求か何かかと」
「ヒロに限って採点の甘い事務を教えてくれって言い出すわけないから、なおさら選択肢がな」
ニンニクの効いたボンゴレパスタを食べながら今日の出来事を語らう。今回はうまく砂を吐き出してくれたらしい。いやな食感にはまだ遭遇していない。
そうだ。今度は蛤の吸い物でも作ろう。懐石とまではいかないにしても、豪華な和定食みたいなイメージで。
「俺が幹事をするよりも浩和が幹事をした方が人も集まりそうだし」
「いや、俺は合コンなんか企画しないよ」
のんびりと懐石風和定食のことを考えていた浩和は、祥順にアサリをつつきながら言われて思わず反論する。
「恋人がいるのに、そんな不誠実な事をするか」
祥順のフォークが止まる。心なしか口元が尖っている。
「そんな人間じゃないっていうのは分かってるさ。俺が言いたかったのはそういう意味じゃあない」
睨むような、どこか恨めしそうな、そんな視線が浩和に向けられる。これは絶対に照れているな。こういう顔を見るのは好きだ。浩和は祥順の気分を損ねない程度にからかう。
「分かってるって。それとも、少しくらいよそ見した方が燃える?」
「馬鹿言うなよ」
あ、眉間にしわが寄った。冗談の通じにくい生真面目さんめ。
「はは。よそ見する余裕なんてないよ。俺はカジくんに夢中だから。ところで明日の準備はできそう?」
浩和は早々にからかうのを止めて別の話題に移った。一瞬顔を赤らめるも、祥順もその話題に乗る。
「運動できる格好なら良いんだろ? それくらいあるよ。ないのは室内履きの運動靴くらい」
「靴は借りよう。それにしても、俺の声かけでは行かなかったのに、ヒロがつれてってくれって言うのにはつきあうんだな」
以前、筋トレしたいと言うからジムに誘ってみたら、すげなく断られてしまった。今回の反応の良さに、つい過去の事をほじくり返してしまう。
「本当は嫌なんだ。だって、貧相な身体が恥ずかしいし……」
フォークに限界まで麺を巻き付けて口に入れた。もぐもぐと頬を膨らませて無理矢理食べる姿は、まるで小動物だ。こんな可愛らしい存在が貧相なわけがない。
そもそも祥順は自身の身体を貧相だと言うが、客観的に見ても別にそうは思わない。
「貧相とは違うと思うよ。少なくとも俺は好きだ」
ほど良くついた筋肉に、ほど良くついている脂肪。鍛えている人間からすれば柔らかいと言われるかもしれないが、普通の人間で考えれば太っていると言うより、筋肉質な方だ。
脂肪のお陰でなめらかな肌触りを実現させている肌が、浩和は好きだ。筋トレをする事によってそれが損なわれてしまうのは非常に残念だと思う。そんな隠れた気持ちから、実は、家でやっているメニューは軽めに設定してある。
筋肉質になったらそれはそれで、意外に好きになってしまうかもしれないが、今のところは現状維持の気分だった。
「君はそう言ってくれるけど、スポーツジムはみんな鍛えに来るんだぞ。俺みたいな中途半端な身体はちょっと恥ずかしいんだ」
「そうかなぁ? 良くも悪くも祥順が言うような結構すごい人は来てるけど、別にお互い気にしていないよ? 少なくとも、俺が見ている限りはね」
浩和の発言は一歩間違えれば大変失礼な言葉だった。
「お、俺が気になるんだって。さり気なくシックスパック、みたいな筋肉は憧れるだろ」
気持ちは分かる。現に今の浩和がそうだ。嫌みにならない程度の筋肉質を目指してボディメイクをしている。ジム通いは週に二日程度、空いている日に行っていて、後は家で軽く筋トレをしている状態だ。
ジム活は祥順との時間を減らす要因になってはいるが、祥順が一緒に来てくれないからと言って減らしはしない。油断すれば、たちまち祥順憧れの体型から遠ざかってしまうだろう。
「恋人の俺がかまわないんだから良いと思うけど、つまり自分の気持ちの問題だろ?」
「その通り。だから俺はある程度の体つきになるまではジムに行きたくなかったんだ。けど、そうも言っていられないからな」
祥順の瞳には負けん気が宿っていた。
「俺が知らない浩和のジム活を伊高さんが先に知るのは癪に障る。だから、俺も行く」
寛茂への対抗心はなかなかのものであった。浩和はその祥順の感情に心が潤う。本当に可愛い奴め。何となく素直に言えなくて、食事もそこそこに祥順を抱き締めるのだった。
2024.1.25 一部加筆修正




