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書類不備です。  作者: 魚野れん
二つの蜜月

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酔っ払いとお酒クイズ

 いつの間に帰ってきたのか、千誠が風呂から出ると寛茂がいた。もっと遅くなると思っていた千誠は想定外の後ろ姿を見て立ち止まる。

「あっ栗原さん! ただいまです!」

 ソファから立ち上がった彼は、酩酊とまではいかないが、ほろ酔い状態なのか少しだけ頭が揺れている。いくばくか表情も緩い。千誠は脱ぎ捨てていた猫をそっと被りなおした。


「おかえりなさい。思ったよりも早かったな」


 一気ににぎやかさが戻ってきてほっとする気持ちと、もう少し静かな時間がほしかったという気持ちが半分ずつ。千誠はそれを微笑に変えて寛茂に応じた。

 寛茂はアルコールのせいか、判断力――いや、常識か?――が抜け落ちているらしく、素早く行動に移った。


「家でも会社でも一緒なのに、数時間他の空間にいると思うと寂しくなって」


 がばり。大型犬が飼い主を見つけて駆け寄り抱きつくのと同じ勢いで寛茂が突進してきた。避ける間もなく、そのまま抱きしめられる。


「あ、お風呂上がりですね! ……ってそりゃそうか。俺が帰ってきた時水音してた気がします。

 わぁ、ぽかぽかですねー!」

「……ヒロくん?」


 何なんだろうか、この生き物は。千誠は寛茂の猛攻に足を踏ん張って耐える。鍛えておいてよかった。少しよろけたものの、何とか転倒は免れた。力加減もどこかに忘れてきたのか、割と痛い。

 ぽんぽんと腕を叩いて力を抜くように言う。普段ならばしゅんとして謝るはずの寛茂は、囲いを緩くしただけだった。反省の色は全く見られない。


「んー、しっとりとしてて良い香りもする。さすが栗原さんー」

「……」


 すりすり、くんくん。まさに犬である。ときおりへにゃりと崩れた顔が千誠を見上げてくる。自分よりも体格が良いはずの男がしても、そんなに可愛くはない。が、悪くない。

 千誠は汗で湿った寛茂の頭をぽんぽんと撫でた。セット剤が手についてべたべたする。……シャワーを浴びせたいが、転倒しそうな不安がある。

 これは、ある程度酔いが醒めるまで様子を見た方が良いだろう。歩き出したら抱きついたままついてきた。


 歩きにくかったが、こういう愉快な人間ならば歓迎だ。冷蔵庫で冷やしておいたミネラルウォーターを渡し、自分も同じ物を手に取る。


「見事に酔っぱらってるな。楽しく飲めたか?」

「そう! 楽しかったです!」


 弾んだ息で話す寛茂からはアルコールの臭いが立ち上がってくる。樽から作られる蒸留酒に、これはビールか? どうやら彼はちゃんぽんしたようだ。

 節操ない飲み方をするなあ、と呆れた。千誠は基本的に一度の食事で一種類を淡々と飲み続けるタイプだからか、ちゃんぽんの良さが分からなかった。


「どれくらい飲んだんだ」

「えっとぉー」


 間延びした言い方で的を得ない。


「ウイスキーのー……ジャック、バウアー? を飲みました!」

「……そんな危険な飲み物は存在しないぞ」


 一体何がどうなったら海外ドラマの主人公になるんだ。あれはそこそこ中心部分にいるような登場人物も割とすぐ死ぬ、という日本のドラマではほとんどお目にかかれない種類のシナリオで、そこそこ日本でも受けが良かったはずだ。

 だからこそストーリーが重めで裏切り者も多く、人間関係も複雑だ。千誠としては見るだけで精神的に疲れるドラマだったと記憶していた。

 そんなどうでも良い事を頭の片隅で考えながら、千誠は似た名前の、恐らく寛茂が言いたかったであろう酒を思い浮かべた。


 寛茂はどういう事か、ひっついたまま離れそうにない。仕方なく、このパーソナルスペース皆無な甘えん坊をくっつけたまま、思い当たるウイスキーのボトルを取りに動く。

 そんなに種類は多くないが、酒をストックしている棚がある。その一角にウイスキーが並んでいた。国内、海外両方ある。樽によって風味が違うから気分によって変えて飲む。ウイスキーはロック派だが、たまにストレートを飲むのが楽しみだったりする。


 ストックの中には、実店舗に直接行かなければ手には入らない限定のものもあった。未開封であれば、何十年経っても味わえる。それを知っている千誠のウイスキーのストックは、ウイスキー好きなのもあって酒の中では一番多かった。


「あなたが飲んだのはこれだろう?」

「ああ、それ!」


 寛茂は千誠が取り出したボトルのラベルデザインを見て指さした。それはジャックダニエルだった。

 アメリカで生まれたそれは、ネイティブ・アメリカンの主食であったトウモロコシを奪う形で作られた、ある種歴史のある酒だ。映画の作中にもよく登場し、現在では世界中のあらゆる店で取り扱われているメジャーなウイスキーだ。


 寛茂の飲んだ酒が分かったところで、飲む気も飲ませる気もないからすぐにしまう。


「あとチェーンソー持った殺人鬼みたいなやつも飲みました!」

「ちょっと待て。今考える」


 ジェイソンっぽい名前? 千誠は考え込んだ。というか、どうしてウイスキーが映画界で有名な凶悪犯を連想させたんだ。似た名前、と言えばジェムソンか……? これなら一文字違いだ。だが、これは千誠の家には置いていない。

 携帯端末で検索した画面を見せてやろうと、再び移動する。寛茂はまだ離れるつもりはないらしいが、さすがに少し鬱陶しく感じてきた。

 しかし、上機嫌の寛茂を見るのは悪くない。大きくなり過ぎたのに掴まってくるパンダみたいに引きずりがちに歩く。……やはり歩くのに邪魔だった。


「ジェイソンではなく、ジェムソンか?」


 さっと検索して緑色のボトル画像を見せる。アイリッシュ・ウイスキーの中では突出して売れているもので、売れているだけあってこのウイスキーもよく店に置いてある。アメリカの禁酒法やアイルランド独立闘争などを乗り越えて生き続ける歴戦の猛者でもある。


「おお、それっす! よく分かりますね! さすが栗原さん!」

「……他にはどんなのを飲んだんだ?」


 手放しで褒められ、悪い気はしない。他にも色々飲んだはずだ。興が乗ってきた千誠は、寛茂がまとわりついているのも気にせず、飲んだものクイズの出題を促すのだった。

2024.1.22 一部加筆修正

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