能のない祥順と執念を見せる浩和
祥順は真剣な眼差しで物件を見つめる浩和の様子を観察していた。否定的だったらどうしようか、そう緊張していたのは最初の数分だけだった。
誰とも一緒に生活をした事のない祥順には、他者との同居というのは敷居の高いものだったのである。どのように話を持ちかけるのが正解なのか、見当も付かない。
ただ、一つだけ祥順にもはっきりと言える事がある。それはお誘いに成功したという事実であった。
やりすぎかな、と思いつつかき集めた物件の情報を束にして渡した結果がこれである。祥順は少しずつ落ち着いてきている鼓動を気にしながら、しっかりとした呼吸を繰り返す。
お誘いの途中、息苦しさを感じていた。呼吸を忘れたわけではないが、うまく息が吸えなかった。
昔、緊張のあまりに倒れてしまった人を見た事がある。あれと同じようになってしまっていたのではないかと祥順は思っていたからこそ呼吸に気を配っていた。
そうならなくて本当に良かった。
とにかく結果としては良い方に転がり、出だしは順調である。様々な間取りのものを用意したが、それを見ても特にこれが良いという理想のものはなかった。というのも、理想の間取りというものが分からないからである。
間取りに拘りのある人間というのは一定数いる。祥順がその中の一人にはならなかったというだけである。
残念ながら祥順にはVMDに関連した技能の才能がない。つまり、ものの配置や導線、使い勝手がどうなのか、そういった事を考えるのが苦手である。それは片付けが下手だと知ってる人間ならば、すぐに見当が付くだろう。
自分の動きを予測して物を配置すれば整った生活を送る手助けになるだろうが、祥順はそれすらできないのである。そんな人間が、誰にでも好ましく感じる環境を思いつくとは考えられない。そういう事である。
事実、祥順にはどの間取りも同じように映っていた。分かるのは「三部屋あるが狭い」「二部屋だけど広い」「広いように見えるけどリビングで消費されて個室が狭い」とかそれだけである。個室が並んでいるとか、リビングを囲うようにしているだとか、それによってどんな使い方ができるのか、等という考えまでは行き着かない。そういうレベルである。
そんな祥順は、自分がこの手のセンスを持ち合わせていない事を自覚していた。実際はどうなのか知らないが、恐らくは浩和の方がそういうセンスは良いはずである。そうでなければこの家を綺麗に片付けたり、企画部で活躍したりはできないだろう。
「いくらまでなら出す?」
ふと、浩和が口にした。特に金のかかる趣味を持っているわけでもなく、学生補助金などを利用していて借金があるというわけでもない。
「とりあえず、この家と同じくらいの金額かな。別にもう少し高くても問題はないけど」
そう言って今の家賃を答えた。浩和はふぅん、と適当な相づちを打つ。聞いてきた割にはあまり興味がなさそうだった。ここはそんなに高い家賃ではないはずである。だからこその“それなりの広さ”であるのだが。
いつの間にか浩和は祥順が用意した紙の束を二つに分けていた。どういう分け方かは分からないが、どうやら判断基準を設けたらしい。候補になりそうなものとそうでないもの、か金額的に現実的かどうか、のあたりで決めているのではないかと思う。
「二つに分けたのは?」
「二人で暮らすには難しそうなものを省いただけだよ」
簡単そうに言うが、祥順はそれすらできない。この部屋を借りた時は希望を伝えて、後はお任せだった。
寝る部屋は欲しい。この周辺地区で、というもの以外に祥順の出した希望はそれだけである。
そして、これはどうですかと聞かれてそのまま今に至る。
「さすがに広くなっても寝る部屋が一つだけとかは、厳しいだろう。一人の時間が欲しくなる瞬間が絶対にないとは言い切れないし。まあ、かといって部屋がありすぎても無駄だし」
祥順の表情で何かに気が付いたのか、ざっくりと教えてくれた。なるほど。では主にワンルームや1LDKの類を弾いたのか。
「それと、明らかに不相応な金額の物件も」
そう言えば、金額とかも全く関係なしにしていたから数十万みたいなのが紛れ込んでいた気がする。本当に集めるだけ集めた、というのが浩和にバレバレだった。
自分の無頓着さが露呈して恥ずかしい気分になりながら、素知らぬ顔で分別された資料を見る。2DKから3LDKまである。4DKを見かけない事から、ひとりごとから見てもさすがに部屋数が多いという認識になるのだろう。
「ああ、あと一応バストイレ別ってのも視野に入れたよ。二人で住むならユニットバスは障害になりかねないから」
トイレ問題は地味に重要だと祥順も思う。急な用事の時に相手が風呂中で使えない、というのは危険である。
「さすがだな。俺じゃそこまで考えられないよ」
「だから任せてくれるんだろ?」
「うん。そうだけど」
「なら良いじゃないか」
祥順は頷きかけて、はたと思う。何が良いんだ? と。
まあ良いか。悪いようにはならないだろうと祥順は思い直す。どう頑張ったところで浩和以上の良い物件を見つけられる自身はない。
「……悪いが任せる」
「おう」
そう長い時間をかけずして、祥順は諦めたのだった。
祥順が浩和に部屋探しを任せて一週間。浩和はあっという間に物件を候補の探し出してきた。その間は共に食事をする頻度もかなり下がった。だからこその結果とも言えるだろう。
食事を共にする回数が減ったのは、夕食を食べていると不動産屋が閉まってしまうからである。更に、夕方だけで足りない時間は昼休みで補われた。
昼休みを活用して不動産屋に通っていたと聞いた時には、ほんの少しだけ引いた。何もそこまでしなくとも、というのが祥順の本音だった。
短期間で候補を絞り出してきたのが浩和の執念を感じさせなくもないが、それは祥順にとって些細な事だった。
2024.1.6 一部加筆修正




