別の方向で前向きな二人
「まあ、揉めないなら最初はあなたが上の方が良いんじゃない?」
「何で?」
「知識とテクニックのある方が上になれば、下がつらい思いをしなくて済むもの。
これはヘテロでも常識よ。その点あなたは理性的で模範みたいなものね」
「模範……」
元カノがそう言うのであれば、そうなのだろう。
「カジくんがどうなのかは分からないけど、少なくともこれからあなたの方が知識を手に入れるわけだし」
浩和は一応納得した。が、これは相手ある事だし勝手には決められない。それに下がつらい思いをするなら、それはそれで自分次第のような気もする。
詳しい話を聞いて、そして当人と話し合ってから決めよう。
「ま、後はちゃんと話を聞いてからか。自分はどっちかしかできないって思うようになるかもしれないしね」
二人の沈黙を破るように、明寧が言った。確かにそうなる可能性も否めない。今の段階で決められる事など皆無に等しいという事だ。
「とりあえず、日程調整は私がするから空いてる日を教えて」
紗彩に言われるがまま、浩和はいくつかの日を彼女に伝えるのだった。
紗彩と明寧は浩和の背を見送りながら話をしていた。
「あんたの元彼すごいね」
「でしょう?」
私の自慢です、と言外にほのめかしながら笑う紗彩をまぶしそうに見つめた。
「とても前向きでね、ちょっとした困難くらいなら簡単に乗り越えられそうな気がしてくるの。
カジくんは幸せ者だね」
そう言う彼女に未練の欠片は見られない。浩和との仲を明寧は疑惑の目で見た事もある。だが、こうして相談してくる姿を見ていれば分かるように、浩和が紗彩を懐かしそうに見る事はあっても熱い視線で見てくる事はなかった。
それに、今は祥順に夢中のようだ。
祥順は紗彩とは全く別のタイプだ。明寧から見て、祥順は真面目で不器用なタイプだと思う。意外にも浩和に助言を求める姿を何度か見かけた事から、意地っ張りではないのだろう。
尚更良い性格をしているとしか思えない。
「カジ君達にはめいっぱい幸せになってもらわないと」
「あたし達みたいに?」
「うん。そう!」
紗彩は素直に頷いた。可愛らしい笑顔に明寧はつられるようにして口元を緩めた。雑踏の中、紗彩だけが輝いて見える。
「お節介は程々にね」
「分かってるって」
多分、紗彩は相談された時だけお節介をするつもりだろうが、きっと余計な所に首を突っ込む事になる。
その時の被害者は浩和の方か、祥順の方か。明寧は紗彩が暴走しないように見守っておかねばならないだろう。
紗彩が一歩前に出た。ふわりとスカートが舞う。
「じゃ、帰ろ。私達の家に」
「そうね」
まっすぐに伸ばされた手を握り、明寧も一歩踏み出した。
紗彩からメールが届いたのは夜だった。
{おめでとう! 浩和君から二人がつきあうって聞いたよ}
「……は? えっ??」
思わず声が出た。ここまで筒抜けになるとは思っていなかった。いや、確かに親友以外に恋人という関係も増えたのは事実である。……恋人なのか。そうだよな、キスしたしな、と祥順は自分に確認する。
新しい関係が築かれてから約一週間。前よりも夕食を共にするくらいで、そんなに大きな変化はない。少しばかり距離が近いかなとは思うものの、恋人らしいかどうかと聞かれると簡単には頷きにくい。
{一応、親友で、恋人でもあるみたいです}
{同性が相手だと、何か実感湧きにくいよねー}
何だか経験者のような返事に祥順は首を傾げた。知り合いに、そういうカップルでもいるのだろうか。
{まあ……特に何かが変わるでもないので}
キスをしたくらいで、後は何も変わってない気もする。あの後そういう接触は一度もないし。
{一緒に住んだら変わるかもよ。住まないの?}
……一緒に住む、か。紗彩は浩和と一緒に住んでいたんだっけ。リキュール類が彼女のいた名残としてたくさんあったのを見ている。いくつかは消費したが、まだまだ残っている。あれは飲み終わるまで、まだまだ時間がかかるだろう。
それはさておき、どちらかが片方の家に転がり込む、のはあまり現実的ではなさそうである。祥順の家は一人暮らし用だし、浩和の家はちょっと遠い。祥順は会社から近い方が良いと思っている派である。
できれば、一緒に住むのも会社の近くが良い。そんなぐだぐだをメールに書き込んだ。
{良いんじゃない? 私と一緒に住む時はお互いの職場の中間くらいにって事であそこになったし。
別に思い入れがあってあの場所にした訳じゃないのよ}
そう言えば、そんな感じの事を昔浩和から聞いたような。祥順は朧気ながら記憶を掘り起こす。あれはいつだったか。まあ、別に良いか。
{二人とも同じ職場なんだから、場所はカジくんの今の家があるあたりがちょうど良いかもね。
恋人との同居は楽しいよー?}
経験者の言葉だ。ありがたくいただいておこう。
それにしても、ルームシェアか。一緒に住んだら、おんぶにだっこになってしまいそうで少し怖い部分がある。祥順だって、浩和のお陰で散らかしすぎない程度に日常生活を送れるようになってきた。料理だって、前よりはバリエーションも増え、盛りつけだってまともになった。
ただ、休日の自分達を思い起こすと、だいたいを浩和がやってしまっている。やらせている訳ではないが、どうにも先を越されてしまうのである。本人が勝手にやっている事だと割り切るようにはしているものの、それが毎日になってしまったら問題である。
これは、一緒に住む前にきちんとルールを作らないといけないな。こういう少しずつの面倒事をクリアしないと、順風満帆の同居生活は過ごせないだろう。
ルールを決める時点で揉めてしまい同居を見送る――なんて事にならなければ良いが。
思っているよりも前向きに検討している自分に、祥順は苦笑する。紗彩があまりにも簡単そうに、そして楽しそうに提案してくるものだから。同居してもっと浩和と近付けるのが楽しみだとか、そんな浮ついた気持ちじゃないと思う。
楽しみなのはそうだが、これは相手のある話である。ただ、提案してみるだけなら良いかもしれないなと祥順は小さく微笑んだ。




