浩和を労る気持ちは飛んでった
やってしまった。そう祥順は思いながら、同じく緊張のあまり無言になってしまっているのであろう浩和と自宅に向かって歩いていた。
告白してきた相手を自分の家に連れ込んでどうするつもりだ。どこか静かな場所で飲み直すという選択肢を今更ながらに思いつく。もうすぐ家についてしまうし、今更別の場所でとも言えない。
余裕ぶって考えなしに言ってしまった自分に後悔する。そもそも浩和はあのタイミングで告白するつもりはなかった――はずである。それを祥順がむりやりに言わせたのではないか。という後ろめたさもじわりと生まれてくる。
こうなってしまったからには仕方ない。少し後ろを歩く浩和の緊張を推し量りながら、家に着いたら労ってやろうと決めた。
エレベーターに乗り込み、いよいよ家に着く。なるべく自然を装いながらゆっくりと鍵を回した。祥順の心臓は、今もバクバクと暴れている。
歩いている内におさまるかと思ったそれは、家が近付くほどに暴れ始めた。全然おさまる気配がない。
かちゃり。軽い音を立てて鍵が回る。もう逃げられない。いや、逃げられないのは浩和も同じだ。むしろ、ここは祥順の家なのだから浩和の場合は敵陣にいるも同然である。
「何飲む? コーヒー?」
「ありがとう」
「座ってて」
あえて出すのに時間のかかる飲み物を聞き、待機させる。少しでも時間が欲しかった。何から切り出そう。いや、話を聞くべきか? 悩んでいる間にもお湯が沸く。
自分の対人スキルの低さに辟易しながら、お互いの心臓を刺激しないようなマイルドな戦法はないのだろうか。いや、あるな。自分の浩和への気持ちをさらけ出すのである。祥順は覚悟を決めた。
祥順がコーヒーを用意すると、浩和はソファの方に座っていた。ここは普通テーブルのある方に行くだろうが。と緊張と混乱が襲ってきたが、よくよく見てみるとこの前話題に上がった本をぱらぱらとめくっていたらしい。
「ごめん、勝手に読んでた」
「いや、かまわないけど」
目が合わない所から、浩和も緊張を和らげる為に何かを必要としていたのだと分かり、少しだけ心に余裕ができた。元々、家に着いたら労ってやろうと考えていたのだ、労ってやろう。何をどうすれば労る事になるかは思いつかなかったが。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
小さめのローテーブルにマグカップを置く。と、早速浩和は片方のマグ――最近は浩和専用みたいになっている――を手に取り、口に運んだ。
ソファに座られたら、祥順もソファに座るしかない。必然的に浩和の隣に腰を下ろす事になった。コーヒーを飲む姿を見ながら祥順が腰を下ろした瞬間、彼の体に力が入ったのが分かった。
「正直、俺は自分の事を異性愛者だと思ってる」
祥順は最初に添えた。
「滝川さんに告白された時に言ったとおり、自分の気持ちにも合点がいったし、君の熱視線の意味も理解した。
で、帰り道でここ一年の自分の動向を鑑みてみたらだな、どう見ても俺は君の事ばかり。
君が男性であるという一点を除いたら、まるで君に対する気持ちが恋愛のそれに近いのではないかと思い至った」
祥順の話を黙って聞く事にしたらしい浩和は、頷く事さえせずにじっと祥順を見つめてくる。さっきまで目が合わなかったのに。その視線のせいで喉が震えそうになり、自分もコーヒーを一口含んだ。
「特別だっていう気持ちは変わらないが、少し卑怯な言い方だった。
多分、俺も同じベクトルの意味で好きだと思う」
祥順は意識的に見つめ返した。目を逸らしたら、それこそ、これが茶番みたいになってしまう。
「親友だと思う気持ちも変わらずある。
だから、その――」
つきあってくれ? 恋人にして欲しい? なんて言えばいい?
祥順の頭の中は混沌としていた。ここまですらすらと言えたのに、読めていたはずの地図が途中から分からなくなってしまったかのように、頭の中で情報だけがばらばらと舞っている。
「その」
さっきコーヒーを飲んだのに喉がカラカラだった。いや、むしろコーヒーのせいか?
「――君を失いたくない」
浩和の喉が鳴った。一足飛び過ぎやしないか。祥順はひやりとした。どれだけ大げさなんだ、絶対引かれた。
「いや、こんな重たい事を言うつもりじゃなかったんだが」
ついに祥順はそっぽを向いた。自分の言葉に耐えられなかったのである。どんな顔をすれば良いのか分からなかった。
「……俺は」
浩和がぽそりと口にした。それは祥順がかなり昔に聞いた事のある声色だった。
「気持ちを見せたら、俺たちの関係が終わってしまうと思ったんだ」
紗彩に振られたと涙していた時と同じである。思わず浩和の方へ向き直った。が、彼は泣いてはいなかった。その代わりに熱量のある視線が祥順を貫いた。
「臆病になりすぎて紗彩から笑われてしまうくらい、親友というポジションがなくなるのが怖かった。
だから、俺の事を大切に思ってくれているのが言葉で聞けて嬉しい。
重くなんて感じなかったし、あなたが女性だったらプロポーズしていた所だよ」
思わず胸の辺りがぞわぞわと騒いだ。快感を覚えたと言っても良いだろう。それほどに祥順の耳に甘く聞こえた。
「すれば良いだろ」
「え?」
思いのほか、すんなりと声が出た。自分でも驚くほどに迷いのない声だ。
「俺は君を手放したくないし、君は親友としてのポジションにもう一つ欲張りたい。
名前の付けられない関係でも、名前の付いた関係が複数になっても何でも良いだろ」
「……何でも良い」
唖然とした風に浩和が復唱した。それで祥順は自分の言った言葉が誤解を招くようなものだったと気が付く。
「あー、いや、だからどうでも良いって意味じゃなくて、いや実際そうなんだけど。
どんな形でも一緒にいられれば幸せなんじゃないかって話だ」
「確かに」
少しばかり雑になってしまったが何とか言い直すと、浩和は頬を緩ませた。ほんの少しだけ口角が上がり、緩んだ口元には隙間ができた。
口元に吸い寄せられる、とはこの事か。祥順はなんとなしにそのまま軽く口付けた。ただ触れるだけのキスは、性別なんて関係なかった。
「……カジくんって案外手が早い」
「ばか言え。君とは既に恋人のようなものじゃないか」
照れ隠しに言った浩和に、祥順は開き直った。もはや半年以上、完全に恋人同士も同然の生活スタイルで過ごしている。
「そうだった」
ふふ、と口元で笑った浩和の唇が近付いた。そのまま触れる。確かめるような、ただいたずらをするような、そんな軽いキスの応酬を繰り返す。次第にそれは深くなった。
たまに当たる髭の感触が、キスをしている相手が男であると実感させる。ぞり、と互いの髭が干渉し合うのに変な快感を覚えたが、それも悪くない。確かめ合うような口づけを終えると、浩和が言った。
「――コーヒー味」
「同じもの飲んでるからな」
二人とも小さく吹き出すように笑い、そうしてようやく穏やかな雰囲気に包まれたのだった。




