浩和遂に告白する
「滝川さん、ここのおすすめは冷麺だよ。さっぱりしているけどしっかりと出汁がきいていてコクがあるんだ。
あとキムチがうまい」
「へぇ、楽しみだ」
浩和はこう見えて悩んでいた。紗彩のお説教に頷き続けて最終的には分かったと言ってしまったが、どうしたものか。
祥順と立ち食い焼肉店へ来ていた。彼は隣の席で笑っている。一頭買いしているというだけあって、肉が良い。何よりこの店は立ち食いだと一部のアルコール飲料が半額になるという、なかなかおもしろいサービスもある。
立ち食いがカウンターテーブルという仕組みになっているから向き合って食べる事もなく、祥順の事で悩んでいる浩和は少し気が楽だった。
「ビビンバとかもおいしいんだけど、やっぱり冷麺がおすすめ。
肉や油をたっぷり取った後はさっぱりしたものが食べたいだろ」
「カジくん、それって年なんじゃ」
「余計な詮索するもんじゃありません」
「ははっ」
何とか軽口をたたき、会話を弾ませる。祥順も楽しそうにしているし、雰囲気は悪くない。ただ、浩和が悩んでいるだけだ。
牛肉の焼ける音、その油の匂い、味も安定していてどれを食べても美味い。もう少しして冷麺が来たら、それを食べて解散になるだろう。
また普段と変わらない一週間が終わってしまう。このままだと、来週もこんな感じで過ぎていってしまうかもしれない。本当に臆病になったものだと自嘲する。
「ところで、もうすぐ冷麺が来るわけだけど」
「うん」
「何か俺に言いたい事でもあるのか?」
「へっ?」
祥順は飛び散った肉汁や油をお手拭きで拭いて片肘をついた。ちゃんと汚れを気にする辺りが祥順らしいような、らしくないような。会社でのイメージしか知らなければ“らしい”と単純に思えたかもしれないが、家での彼を知ってしまった今では“らしくない”ようにも見える。
今いるのは外だし、ほとんどオンの祥順なのかもしれない。
「今週ずっと、変だぞ」
「マジで?」
「いや、俺が気になっただけで仕事ぶりは普通だったけど」
仕事ぶりは普通だったとしても、不自然だったのか。ドキドキと暴れる心臓が浩和の焦りを知らせてくる。
――と、ちょうど冷麺が目の前に置かれる。かき氷みたいなのがトッピングされていてちょっとかわいい。
「それシャーベット状になった出汁だから。
で、何か悩んでるのか?」
しゃくしゃくと出汁をつつき、キムチをほぐして麺と混ぜながら軽い感じで祥順が追求する。悩んでいるには悩んでいる。祥順にどうアプローチして良いか分からないからだ。
しかしそんな相談を本人にしてもしょうがない。結果として浩和は祥順の問いに対する答えにも悩むしかない。
「言いにくくても、言えない話ではないだろ。
言おうか迷っている雰囲気だったし」
どうしてこんな時はぐいぐいとくるのだろうか。冷麺を口に運ぶ。
これでは一昔前の浩和みたいではないか。すっかり奥手思考になってしまったらしい浩和は、コシの強い冷麺を噛みながら眉を寄せた。
「俺は、それなりに君の事を見てきているし、そんな顔をするくらいなら白状してしまった方が楽になれると思うが……」
浩和が悩んでいる内容を知らないから言えるのだと頭を抱えている傍らで、もう一人の浩和が冷麺を楽しんでいる。人間とは現金なものだ。美味しいものに癒される自分がいた。
汁はさっぱりとしたレモンの酸味に魚系の出汁がきいていた。そこにキムチの旨辛さが溶け合って何とも言えないハーモニーを醸し出している。酸味は強過ぎず、かつ辛味とマッチしている。とてもバランスが良い。
――よし。悩んでいる方を棚に上げ、話を換えよう。すっかり奥手になった浩和は目の前にある話題に頼った。
「……この冷麺美味いな」
「だろ? 美味いもの食べたら俺んちですっきりしてしまえ」
ごふっと喉を通ろうとしていた冷麺が逆流した。口を押さえて何とか吐き出すのを堪え、飲み込む。全然話題転換にならなかった。くそ、と内心で悪態を吐く。
「まだそれ引きずるのか」
「だって、このまま解決しなかったら来週も俺の事見ながら悩むだろ?
俺だってそんな視線ずっと浴びてたらそわそわする」
祥順の言葉で、今度は浩和の中で逃げたい気持ちと白状してすっきりしたい気持ちが揉め始めた。このまま逃げきれないだろうか、と思う一方でこの気持ちを吐き出してしまいたいとも思う。
だが、逃げきれば続くかもしれない友情は吐き出したら終わってしまう。気持ち悪がられ、それっきりになってしまうかもしれないと思うと、恐ろしくて口が勝手に閉じてしまう。
そんな時、紗彩の言葉が浮かんだ。「あなた、ずっと自分の気持ちから逃げ続けられると思ってるの? そんなの無理よ」彼女は自嘲じみた笑みを浮かべながら言い切った。
そうだ。逃げ続けるにも限界がある。既に祥順が何かを察しているではないか。
「――好きなんだ」
視線を落としたまま、浩和は呟いた。
「うん」
「俺、恋愛的な意味でカジくんが好きなんだ」
「そっか。それで?」
あまりにも軽い返しに思わず視線を上げる。祥順が穏やかな笑みを浮かべていた。
「気持ち悪がったりとかは」
「しないよ。むしろ合点がいったというか」
そう言ったきり、祥順は冷麺を食べ始めてしまった。じっと見ている訳にもいかず、浩和も冷麺を食べるのに集中する。
他の客が出す肉の焼ける音と会話の雑音をBGMに、二人は黙々と食べ続けた。
「君の行動の意図がね」
「……」
「ずっと不思議だった」
穏やかに語りかけるような口調で祥順は続ける。
「突然俺の何かに照れたり動揺したりするし、その割には恋人にだってしないような事をしてくるのが、全然理解できなかったから」
ずず、と祥順が冷麺をすする音が響く。コシが強くて飲み込むまでに時間のかかるそれを、浩和はただ見ていた。
祥順の積極的な行動は無意識だったらしい。浩和はそれに踊らされていたのだ。今更ながらに恥ずかしさが込み上げる。
「あと、自分の持っている君に対する独占欲の正体もなんと表現すればいいのか分からなかったから、君からその言葉を聞いてすっきりしたよ」
確かに祥順の表情は悩んでいるようにも見えないし、むしろどこか晴れ渡った青空のように見える。
その瞳の中に、口元をへの字に歪めて不満そうな表情の自分が映り込んでいた。よくよく見ればその頬は赤く、照れているのだと分かる。
「俺も君の事が特別だ」
特別。じわりと背中が汗ばんだ。祥順は何ともない風に言ってのけたが、浩和の心臓は早鐘のようにうるさく鳴り響いている。
「――んな、簡単に言うなよ」
小さく呟いただけの浩和の言葉は祥順の耳に届いてしまったようだ。
「簡単じゃない。君が、本気で言ってくれたからだ」
「そうか」
「そうだ。だから食べ終わったらオレの家でゆっくり話をしよう」
言い方は柔らかなのに、祥順は今まで見たどれよりも男らしい表情をしていた。




