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書類不備です。  作者: 魚野れん
両者降参

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129/210

恋人よりも恋人っぽくじゃれあう二人

 ――ああ、やってしまった。


 祥順は自分のしでかした恐ろしい事を後悔していた。目の前で親友が眠っている。そこまではまだ良い。問題は、自分の手が彼の腰の辺りに伸びている事である。

 腕に力を少しでも込めれば、密着間違いなしの距離。今はとりあえず力を抜いてそのまま乗せている。わざと置いたからにはそう簡単にどける事もできない。

 起きて朝食を用意したりしようとした彼を今日こそは休ませようと二度寝に誘う為だったとは言え、これはやりすぎた。少なくとも祥順の知る限り、この距離は恋人同士の距離である。親友の距離ではない。


 ずいぶんと意外な事に、絶妙な顔をして二度寝の誘いを断ろうとしていたにもかかわらず、浩和はすんなりと寝てしまった。寝付かないかもしれないと思っていただけに驚いた。反対に祥順の目は覚めてしまった。

 浩和は鼻呼吸派らしく、口元がぴったりと閉じている。祥順の方は喉が渇いたと思う事もしばしばあるから口呼吸をしているか、口が開いてしまっているかのどちらかだろう。ぴったりと閉じてて逆に息苦しさはないのだろうか。

 せっかく二度寝してくれたのだ。起こさないようにしないと。

 微動だにしないように気をつけながら、どうでも良い事を考えたりして早く時間よ過ぎろと念じるのだった。




 ふと息苦しさを感じて目が覚めた。時間が過ぎるのを念じるよりも良い作戦を思いついた祥順は、その「心を無にする」作戦か功を奏して眠ってしまっていたらしい。

 しかし、その視界には全く眠る前とは違った光景が広がっていた。というか、ほとんど何も見えなかった。目の前に広がっているこの色はなんだ。祥順は眠気を纏って重たい瞼を何度か瞬きさせる。


「起きたか?」


 頭上から降ってきた声に、びくりと体を強ばらせた。自分の状況をしっかりと確認する。よし、左手は自分の首もとにある。右手はまだ浩和の上に乗っている感じがする。体を不用意に動かさないという眠る前に念じた通りになっている。良い感じである。

 足は両足とも行儀良いし、なら、俺の顔は何に……くっついている?


「……起きた」


 ちょっと、あまり考えたい答えじゃないが、声のした方向、自分の前方には浩和以外に可能性がない事を考えると、たぶんあれだ。浩和の胸。

 そうだ、俺ははからずとも浩和の胸に額を押し付けている状態だろう。

 どう動けば良いか分からず、とりあえず少しでも距離を取ろうと身じろぎした。


「くすぐったい」


 その一言と同時に頭が固定された。たぶん、たぶん顎で押さえつけられている。浩和の鎖骨のすぐ下くらいにおでこを当てる形になり、さっきよりも密着した結果、鼻がおしつぶされそうになった。


「おい……っ」


 なんて事をするんだ。祥順は二度寝を促した時のを棚に上げて浩和の暴挙に気色ばんだ。

 じんわりと鼻が痛い。紛れもなくこれは現実で、祥順がまだ目覚めていないだけでもなく、妄想でもなく、幻覚でもない。


「寝てる時は猫みたいにすり寄ってきてかわいかったのに。俺の腰を解放してくれたら、カジくんの頭を解放してあげよう」


 掛け布団がめくれ上がりそうな勢いで右手をどけた。その動作に浩和が喉を鳴らして笑い、顎で固定していた頭を解放してくれる。

 変形してしまうのではないかと思うくらいに押しつけられたままだった祥順の鼻がやっと自由になった。大げさに深呼吸する。


「……何やってんだろ、俺たち」

「んー、何だろな?」


 祥順の呟きに浩和がぽつりと返事をした。恋人とするようなやりとりをする男二人。浩和に分からないなら、祥順にも分からないままだろう。

 祥順はもう一度深呼吸した。


「まあ、世の恋人たちより恋人っぽくじゃれあっているワケだけど、もう起きて良いか?」

「なっ……」


 吐いた息を更に吐き出した祥順はもう少しでむせ込むところだった。顔を上げれば至近距離に、にやにやと笑う浩和の顔がある。

 ムッとした表情を作ってみた祥順だったが浩和に鼻を摘まれてしまい、そんな表情はどこかへ吹き飛んでしまった。


「俺だって紗彩とこんな事しなかったよ。さあ、起きようか」


 浩和はさらっと物凄い事を言いながら起き上がって、さっさと部屋から出ていってしまった。

 残された祥順は、どう反応すべきだったのか、これからの朝ごはんはどういう態度で臨めばいいのか、ゆっくりと着替えながら考えるしかなかった。


 結局、もたもたとしている内に浩和が素早く朝食を用意してくれていた。悔しい気持ちとさっきの発言からどういう態度でいれば良いのか分からず、浩和にあまり近付きたくない気持ちがごちゃ混ぜになっていたから、逆に助かったような気がしなくもない。

 自分の行動だけを悩んでいれば良かったのに、どうしてこうなったのだろうか。


「……おいしい」

「それは良かった」


 ふわふわでバターの甘みにとろけるチーズがおいしいオムレツをもそもそと食べながら、祥順は小さく唸った。

 にこにこと爽やかな笑みを浮かべている目の前の男が憎らしく見える。同棲して、結婚まで考えていた相手とさえした事のない行為を、どうして友人にやってのけるのか。

 いや、別にやるのは良い。申告してきたのがおかしいのである。


 祥順だって、多分少し親友としての範疇を超えているような行動を取ってしまっている事もある。

 だから、互いに深く突っ込んでは駄目な気がするのである。

 それに対してのアレである。祥順は非常に気になっていた。どうして今更、それを言うのか。言ったのか。


「……俺、今度はしらすが入ってるオムレツ食べてみたい」

「了解。今度はしらすを持参するとしよう」


 結局、祥順はその事を言及できなかった。

2024.1.3 一部加筆修正

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