イケメン祥順と添い寝からの添い寝
片付けを終えてシャワーを浴び、さっぱりした浩和はソファーで読書中の祥順に声をかけた。
「風呂ありがとう」
「……どういたしまして」
脇目もふらずに何を読んでいるのかと思えば、タイトルからして時間活用のビジネス本だった。読んだ事のないタイトルだな、と中を覗き込む。
「興味あるのか」
「どんな内容?」
邪魔しないようにさり気なく覗いていたつもりだったが、気が付かれてしまった。会話を優先させるつもりらしく、祥順が浩和を見上げた。
「そうだな……時間に枠を設けて、ノルマを設定したり、どうしてもはずせない用事を入れてしまう、とか。楽しんでできるような工夫をする、とかどの時間に何をするのが好ましいか、とか……時間の使い方に関するノウハウが書いてある」
祥順が読んでいるのは、仕事効率化、というよりも時間の使い方に特化したもののようだ。時間を上手く使う事が仕事の効率化にも反映されていく、そういう系の本だろう。
「読み終わったら貸して」
「了解。もう寝る時間か……」
本を閉じてテーブルに置き、少しだけ考えるように動きが止まる。そして今度はその本を手に取り直し、定位置と思われる場所へ移動させた。
「読んでる途中の本はここに置く事にしたのを忘れるとこだった」
言い訳じみた風に説明する。じっと見つめていたのを知られていたらしい。監視をしているつもりはなく、むしろ勝手に祥順の姿を追ってしまっているだけだが、都合の良い勘違いはそのままにしておく。
「良い心がけだ」
「うん。たまに忘れるけど、だいたいはルールを守れてる」
少しずつの努力がこの家の片付き度に反映されているのだと納得する。
この後は祥順がブランケットを持ってきてくれて、おやすみと言い合うだけだが、今日は違った。
「――あぁ、君も、こっちで寝る?」
くいっと親指で指し示したのは祥順の寝室。
「ベッドの方がありがたいけど、良いのか?」
今までずっとソファーだったのに、と不思議に思いながら聞けば軽く頷かれた。
「ほら、この前伊高さんを泊めた時に一緒に寝ただろ。あれで、別に二人同じベッドでも寝れなくはないな、と気が付いたんだ。ソファーってのも元々気になってたし」
「なるほど。じゃあ、甘えようかな」
全然理由になっていない事、祥順は気が付いているだろうか。
普通は同じベッドには寝ないわけで、本来ならば来客用の寝具を用意するという事が最初の選択肢に上げられるはずだ。いや、他の友人宅に泊まったりする事がなかったらしいから知らないだけかもしれない。
もしくは、浩和以外の人間を家に招く事もほとんどないらしい生活で、寝具を買う方がコスパが悪いと思ったのか。
――とまで考えてから、そういえば、寝具の代わりにソファーを買った事を思い出す。
祥順の距離の取り方がよく分からないなと思うものの、浩和にこそ断る理由もなかった。
むしろ意中の相手と一緒に眠れるのは、喜ばしい事だ。……間柄は親友だけど。
祥順によってベッドの掛け布団が取られた先には、枕が二つ並んでいた。枕は買ったのかよ! と二人で寝る気満々の雰囲気漂うベッドを無言で眺める。
「枕の高さが合わなかったら申し訳ないんだが、とりあえずないよりはましかなと思って用意しておいた」
「……そうなんだ」
「そう」
照れくささを感じさせない振る舞いに、浩和は細かいつっこみすら思い浮かばなかった。さっさと潜り込んで掛け布団を持ち上げ、おいでおいでする姿は堂々としすぎていて、浩和の緊張を引き出すすれすれのかっこよさだった。
自分が彼女だったら喜んで可愛らしく潜り込む状況だ。平常心を保ちながらゆっくりとベッドの上にひざをつき、潜る。ふんわりと祥順の匂いがした。
長い時間を過ごすものだから匂いが染み着いているのだろう。滅多に嗅ぐ事のない香りを無意識に吸い込んだ。刺激のない、優しい体臭だ。とても祥順らしいと思う。
「どう? その枕で眠れそう?」
「大丈夫。ありがとう」
近くに、呼吸すらあたりそうな距離に、祥順がいる。ボディソープとシャンプーの香りがしている気もする。
瞬きをして、祥順にピントが合うと彼の前髪が気になった。整髪料を使っていないまっすぐな髪が片目にかかっていたから除けてやる。
「滝川さん?」
「目に入りそうだったから」
しまった。こういうのは恋人にする仕草だったか。一瞬ドキリとしたものの、祥順は「そっか」と微笑んだだけだった。
何だよ、その大人の余裕みたいな笑みは。
「滝川さんって、結構俺の事好きだよね」
「は?」
驚きのあまり、かすれた声になる。
至近距離で、突然どうしてそんな話になるんだ。祥順が目の前にいなかったら頭を抱えたいくらいだった。
「紗彩さんがそう言ってたし、最近は俺もそう思う」
紗彩ー!!! 心の中で元カノの名前を叫んだ。あいつ、マジで冗談でもなく、マジで祥順に言ってたのか。マジかよ……もはや、声に出ない声で「マジ」を連発した。
「そういうところ、かわいいと思うよ」
「は……」
にっこりと笑みを浮かべながら、祥順は浩和の頭を撫でた。
「じゃあ、おやすみ」
えっ、おやすみって……こんな状況で寝ろと言うのか。
浩和は混乱したまま放置された。言うなりさっさと目を閉じた祥順は、そのまま夢の国へと旅立ってしまった。
すやすやと、小さく口を開いた寝顔が目の前にある。
何でそのまま寝たんだよ。仰向きになって寝ろよ。前回はそうだったじゃないか。と、浩和はやきもきさせられるのであった。
混乱させられた割にはぐっすりと眠ってしまったらしい。浩和はぼんやりとした意識のまま瞼を開けた。相変わらず目の前には気の抜けた祥順の寝顔がある。
お互い、寝返りをうっていたはずなのにこの向きに直っているあたり、何なんだよと文句を言いたくなる。
今、何時だ。祥順の家に泊まる時はいつも手首に付けたままにしている時計を見る。七時を少し過ぎたところだった。
そろそろ起きて朝食の準備でもしないと。できる限り普段の生活リズムを狂わす事なく動きたい浩和は、さっそく起きようとした。
「だーめ……今日はぐうたら過ごすんだ」
起き上がろうとした浩和の横っ腹に祥順の腕が落ちてきた。拘束力のないそれは、浩和の背中とも脇腹とも言いにくい中途半端な場所をぽんぽんとあやすように叩いている。
「――分かったよ」
「よろしい」
祥順が蕩けるような笑みを浮かべていて、浩和は無理矢理にも夢の世界へと旅立たなければならなかった。
2024.1.3 一部加筆修正




