色っぽい祥順から逃げてゾンビ映画
ふ、と短く息を吐いた祥順が、言葉を続けた。
「余裕のある生活というのは、滝川さんがくれたんだ。仕事のストレスも気分転換を挟む事でだいぶ減ったのが大きな要因だと思う」
浩和は食べる手を止めて彼の言葉に聞き入った。
「今まではオンとオフの切り替えがメリハリのある生活とはまた別のものだったのが、ちゃんとメリハリがついていると言えるようになったし」
祥順の顔は自信に満ちあふれていた。
「人を招待する事はないけど、いつ誰に見られても恥ずかしくない程度の生活を送れていると思う。料理だって教えて貰ってるし、片づけのコツだってそう。
やっと自分の体に染み着いてきたところだ」
浩和は誇らしい気持ちになった。自分のお節介が功を奏したのだ。見返りを望んでいたわけではないが、こうして結果が返ってくると嬉しいものだ。
「もうしばらくしたら、もっと良くなる。楽しみにしていて」
祥順ににっこりと微笑まれ、浩和は反射的に微笑み返した。
「ああ、楽しみにするよ」
「その時にはまた俺たちの関係も変わっているかもしれないし」
「そうだね」
さらっとそのまま合いの手のように肯定してから、ん? と振り返る。これ以上自分達の関係が変わるとしたら何になる。
恋人か? いや、それは飛びすぎだ。動揺が出ないように下を向き、鯛にナイフを添えた。ゆっくりとそれを引きながら思考の中へと戻る。
祥順は特に何も考えずに言ったはずだ。こちらにカマをかけるような男ではなかったと思う。なら、祥順はどういう意味で言った? 関係が変わるって、今まで何が変わったんだ。そう考えると、結構変わっている。友人という名の枠の中で、変化は続いている。
そうだ。その事だ。今日俺ははっきりと、仕事の愚痴が言える仲になったと言った。それだ。それに違いない!
浩和は脳内会議で一番無難な結論を出すと、ほっとしたようにゆっくりと目を閉じた。
「どんな風に変わっているか、それも楽しみだな」
「あ、ああ。そうだな」
はからずとも眉に力が入ってしまったのは仕方ないだろう。かろうじて同意の返事をして、何とかやり過ごす。視線を少し上げると、祥順の指が目に入った。彼の指がゆっくりとグラスの縁を撫でている。
その指がなんだかしなやかで色っぽく見える。いや、色気を感じている場合じゃない!
「ワインおかわりどうぞ」
「ありがとう」
よく分からない方向へ暴走する思考を必死に押さえ込み、場を保つ。ボトルを傾けて静かに注ぐ事に集中しようとした。が、ボトルの向こうに見えたグラスを見つめる祥順の顔へと焦点が合う。
程良いところでボトルを上げると、祥順の視線がこちらに向かった。
「何か?」
「いや……」
肩をすくめてみせれば、祥順は流し目で笑う。ぞわ、と背中に何かを感じた。
何事もないかのように、自分のグラスへも注ぎ足して戻す。さっきからどうにも祥順に色気を感じてしまう。
言い換えるならば、大人の余裕だろうか? いや、俺に色気を振りまかれても困る。浩和はひっそりと頭を抱えるのだった。
ほろ酔いで片付けを済ませ、祥順と浩和はウィスキーをちびりちびりと舐めながら映画を見ていた。見ているのはたまたま配信されていたゾンビ映画だ。ゾンビを狩る娯楽施設にやってきた人々の話がゾンビパニックに襲われる設定だった。
主人公は女性。恋人はいるがゾンビに溢れていた時代のトラウマを抱えている。そのトラウマを乗り越えるべく、サファリパークへとやってきた。
――が、当然の如く暗躍する人間のせいで厳重に管理されていたはずのゾンビが襲いかかる。
「常駐するまともなSEが一人ってよくある話なのかな。ほら、ジュラシックパークもSEは一人だったし」
「さぁ……どうだろう?」
「セキュリティルーム、人少ないよね」
「かもね」
普段は無言で観る祥順は「これでいっか」といった雰囲気で観始めたからか、ほろ酔いだからか、設定につっこみを入れる方に楽しみを見いだし始め、浩和はその様子を楽しんでいる。
映画を見始めてから、色っぽい不思議な祥順は身を潜め、いつもの姿になっていた。
「普通、感染力のあるものを一つの場所に集約する時って、客が入れるくらいの安全な避難所を作るなり全滅させる為のシステムを導入していたりすると思うんだけど、どうして島をミサイルで攻撃になるのかな」
「多分違うけど、ウィルスにシステムが全部やられたから動かない可能性もあるよ」
「ふぅん……そういう見方もあるか」
人間関係もぎくしゃくし出し、徐々に仲間も減り、絶滅危惧種のはずなのに無限湧きするゾンビの秘密が明らかにされると、ついに主人公の恋人が一人で逃げる。
「うわ、最低。俺だったら絶対、少なくとも恋人は見捨てないのに」
「でもこの状況じゃ、どんな動きをするか自分でも想定できないんじゃないか?
俺だって、恋人を見捨てる事だけはしたくないけどな」
「恋人を助けて自分はゾンビになる、とか」
「いやそれ、恋人がかわいそうだろ」
心の傷がまた一つ増えるもんなー、と二人で頷きあう。
そうこうしている内に主人公が逃げたはずの恋人と再会し、恋人が感染してしまったのを知る。
「うわ、自意識のある内に死ねってすごいな。問答無用で殺すのは、それはそれで展開的には普通だと思うけど、これはなぁ……」
銃を恋人に渡す主人公の姿を見ながら祥順がまたつっこみを入れた。
「さらっと残酷な事するなぁ。自業自得だけど」
「俺だったら撃ち殺すと思う」
「カジくんかっこいい」
きゃー、と言いながら浩和がちゃかすと、祥順がしれっと言い放つ。
「だって、恋人をおいて自分だけ助かろうと思った結果だろ。すぱっと死なせてやるのが、元恋人への情けだ。
これが全然関係ない奴だったらそのまま放置する」
「わぁ、結構シビア」
祥順は浩和のコメントに、にやりと口元を歪ませた。主人公はゾンビを普通の人間から量産していた元凶に遭遇し、彼女を始末して逃げる。
後はただひたすら走り続け、崖を飛んでフィニッシュ。
「……結局あの人生きてたんだ」
「傭兵だか、特殊部隊の人間みたいだったしな」
ライフルの使い方が半端ない、主人公を助けるために囮になったはずの男が姿を見せてエンディングとなり、二人はぽそりと呟いた。
「思ったより楽しめたかも。まぁ、二度は観ないと思うけど」
何度も観たいとは思わなかったが、暇つぶしにはちょうどいい面白さだった。とは言え、あれだけつっこみを入れていたから、てっきり酷評するかと思っていた。
「俺はカジくんのつっこみが面白かったから、またカジくんが観るなら観るよ」
浩和がそう言えば、俺を娯楽にするなよ、とけらけら笑いながら祥順が言うのだった。
2024.1.3 一部加筆修正




