会議デーお疲れ様プリン
とりあえず一つの波を乗り切ったところで、祥順達は休憩をとる。ようやく人心地がついた。
「部長にはメールで報告して、今後は閲覧専用のゲストアカウントでログインしてもらうように要請します」
権限は上の者に与えれば良い、という事はない。未だに年功序列の雰囲気が残るこの会社では、上役になればなるほど年齢層が上がる。
したがって、電子機器に疎い人間が増えるのである。年齢が高いほど電子機器に疎いとは限らないが、少なくともこの会社に限定すれば、それは確かな事である。
だいぶIT化が進んだとは思っていたが、こういう落とし穴が待っているとは……祥順はこっそりと溜息を吐いたのだった。
あれからつつがなくミーティングは進んでいき、最後の全体会議まで漕ぎつく事ができた。全体会議が始るのと同時に通常業務へと戻る。
祥順は二人と別れると早速残っていた旅費精算を片付けた。
他の人が簡単そうなものだけにしてくれていたらしく、分かりやすく作られた旅費精算だけでほっとした。疲れ切った頭でもできるレベルで、こういう日にはとてもありがたい代物であった。
祥順はチョコレートを口に放り込みながら、黙々と処理を続ける。
「お疲れさま。今日は慌ただしかったけど何かあった?」
「あ。滝川さん」
影が落ちたと思ったら、浩和だった。騒ぎだけ聞きつけたのだろう。
「スケジュールのアラームがうまく作動しなくて、ミーティングの時間がずれそうになっただけです。詳細はここじゃちょっと……」
概要だけ簡単に説明し、詳細は濁す。さすがに営業部のトップが誤操作しまくった結果ですとは、おおっぴらに言いにくい。
「へぇ……まあ、問題なければ今度聞かせて。それより、スケジュール調整お疲れさまのお菓子を用意していたんだけど、いらない?」
浩和の視線は祥順の手元にあった。チョコレートを持ったままである。これは非常食中の非常食で、今は疲れた頭に糖を与えている最中だった。
「欲しいです。絶対君の持ってきた方が美味しい」
「そう? じゃあ、休憩時間だ」
祥順はパソコンのモニターに背を向けて立ち上がる。さっとドリップコーヒーを用意し、空いている椅子に浩和を座らせた。
「遅くなりましたが、会議お疲れさまです」
「おかげさまで何事もなく一日が終わりました。こちらこそありがとう」
二人は顔を見合わせ、小さく微笑みあった。
浩和が持ってきたのはカスタードプリンだった。卵形の可愛らしいデザインパッケージは、確か駅ナカにある臨時販売ブースにたまに出店する会社のものだったはず。今日のごたごたを労うつもりで、昨日の内から準備してくれていたのだと思うと頭が上がらない。
「俺、実は全体会議を最初にやった方が良いと思ってるんだよな」
「全体会議で決まった事をもとに、方向を修正するミーティングがしたいって事ですね?」
「そう」
それは一理あるだろう。チームミーティングはいつでもできる。しかし全体会議はそうはいかない。重要なものを集中力のある午前中に済ませたい気持ちは分かる。
一日中どこかで会議をしている状況はかなり特殊だと言えるし、休憩を挟んでいたとしても、ずっと集中していられるわけがない。
「でも、難しいんですよ」
「だよなぁ」
浩和がひとすくい、口に入れて唸った。
難しい、というのは全体会議にしか出ない上役のせいである。文句の言える相手ではない。彼らを制御するのはほぼ不可能だった。基本的には、こちらが言いなりになるしかないのである。
お願いや、言い聞かせたりで何とかなるのであれば、もうしている。
「会議デーがなくなればもっと良いんだけど」
「もっと無理ですよ」
浩和はにやりとした。半分以上が彼の冗談まじりだったと分かり、祥順の表情も緩くなる。少し前までは、建設的でない会話はしなかった。それが今ではどうだ。
こうしてぐだっとした会話をするようになった。二人の関係も、少し力の抜けたものに変わってきているのかもしれない。もちろん良い傾向だと思う。
成長し合う事が半分目的での友人関係だったのが、本当の意味で友人としてざっくばらんに何でも話し合えるように変わってきたのだと思えるからである。
利害関係のない、正真正銘の親友である。
「プリン、ありがとう」
「ここのプリン、濃厚で好きなんだ」
浩和が言う通り、もったりとした雰囲気で固さが絶妙、味も濃厚で卵を食べているかのようだ。卵黄が少し多めになっているらしく、卵を食べていると言うのはあながち間違いではないだろう。
甘さは、甘ったるくはないがほんのりと甘さを感じるレベルで、こってりとした食感に相応しい。
「このお店、ミルクプリンもありませんでしたっけ?」
「あるよ。今度はそっちを買ってこよう」
祥順は嬉しくなって微笑んだ。記憶が正しければ、とろみのある白いソースが最高に美味しかったはずである。生クリームそのものといった風で、想像するだけで幸せな気分になれる。
祥順は気分良くプリンを飲み込んだ。次いでコーヒーを口にすれば、甘くてとろけた口内がきゅっと引き締まる。
「俺はドリップコーヒーで良いのを仕入れておきますね」
「お、楽しみだ」
いくつか心当たりがあった。一つあたりの単価は上がるが、それだけの価値のあるコーヒーである。
老舗の珈琲店で、最近はネット通販もしていたはずである。祥順は帰宅したら早速探しておこうと決める。きっとここのコーヒーならば、あの白いミルクプリンに合うだろう。
「片付けは俺がするよ」
ちょうど最後の一口を口にしたところだった。タッチの差で食べ終わった浩和が席から立ち上がる。空になった器を取り、コーヒーの紙コップはどうするか? と言わんばかりに首を傾げながら手を差し出す。
祥順は少しだけ残っていたコーヒーを喉に流し込んでから、浩和の手にカップを渡す。
「ありがとう、お願いします」
「ほい」
会議後の夕方とは思えない軽快な足取りで浩和はフロアを出ていった。祥順はそれを見送ってから、残りの仕事を勢いよく片付け始めるのだった。
2024.1.1 一部加筆修正




