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書類不備です。  作者: 魚野れん
両者降参

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一緒に寝よう

 バーで飲んでいた三人だったが、結局寛茂が突然潰れてしまった。本当に、スイッチが切れたロボットのようにかくんと首が折れたのである。浩和と顔を見合わせ、それから慌てて傾ぎ始めた寛茂を支えに動いた。

 祥順の家の方が後々に便利だからと、寛茂を引きずって帰り、ワイシャツを脱がせて洗濯した。寛茂は出張に出る日程ではなかった為、着替えを持ち合わせていなかったからである。秋になったとはいえ、日中は暑い。コンビニで買わせても良いが、その時間があるかは分からない。

 浩和の分とあわせて洗濯してしまえばそんなに手間ではない。ついでに寛茂の靴下も洗ってやった。下着は知らない。プライバシーは守ってやりたいし、他者から見られて困る部分だけをどうにかしてやるだけでも誉めてもらいたい。


「突然だったな……」

「びっくりしたよ」


 洗濯機が回っている間にシャワーを浴び、それでも時間が余った浩和と祥順はソファーで眠る寛茂を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

 寛茂が使っているソファーは、一人暮らしで人を呼ぶ事がほとんどなかった家で唯一来客用にと新しく購入した代物だ。つまり、浩和用のソファーである。

 今日は浩和をどこで寝かせればいいのか、と会話も上の空に考える。


「――聞いてる?」

「え?」

「……ああ、眠いの?」


 浩和が覗き込んでくる。見守るような温かな視線が染み込んでいくようである。目に力が入っていないせいか、奥二重に近いほっそりとした二重のラインがいつもよりも厚みを持っている。

 普段はきりっと爽やかな印象を見せるそれが、ぐんと穏やかでまろやかなものに変わっていた。


「いや、今日は君をどこで寝かせてあげようかと思って。君の為に用意したソファーは彼に取られてしまったし……」

「そんな事か――ってあのソファーは俺の?」


 小さく目を見張って驚いてみせる浩和に、言っていなかったかなと内心で首を傾げた。


「そうだ。言わなかった?」

「来客用にって言われた」


 そう言われてみれば、そう言った気がする。……そうだ、君の為に買ったと言うのが恥ずかしくて濁したんだった。

 言わないでおこうと思っていた事を自分から暴露してしまった事に焦りつつ、素知らぬ顔で言い訳する。

「俺の家に来る来客は君くらいだよ。で、どうするか。狭くてもよければ一緒に寝るか?」

 ほんのりと血色が良くなった浩和が気になったが、今は彼の寝床を確保する方が先である。床に寝かせるわけにはいかない。


「セミダブルだから、寝れない事はない」

「いや、悪いよ」

「そう思うべきは伊高さんだろ。君じゃない」

「……まあ、そうだけど」


 もごもごと口を動かす浩和は、戸惑っているように見える。気持ちは分からなくもなかった。

 祥順だって正直に言えば、同性と同じベッドで寝た事などない。

 子供の頃に布団を並べて友達の家に泊まった記憶ならあるが、大人になってからは交友関係が稀薄になってしまったのもあり、他人の家で寝泊まりする事すらほとんどなかったのである。


「それよりも、黙っているイコール眠いの公式を下げてくれると嬉しい。俺は子供じゃないんだから。あと、人と一緒に眠れない性格とかではなく、単純に遠慮の気持ちで言っているなら一緒に寝よう。遠慮はいらない」

「じゃあ、遠慮なくお邪魔させてもらうよ」


 祥順の説得に折れた浩和の表情は少々硬かったが、戸惑いと緊張のせいだろう。祥順だって平然と説得はしたものの、緊張していた。

 そうしている内に洗濯機が鳴り、洗い上がった洗濯物を干す作業をこなしていく。お互いに緊張しているのか、口数は少ない。

 初めての夜を過ごすカップルのような、妙な緊張感が二人の間に漂っているのが、おもしろく感じるどころかより緊張感を増す原因になっている。

 ただ一緒に眠るだけ。それのどこに緊張する要因が?

 祥順は自分に問いかけながらワイシャツをピンと張るのだった。




 口数の少ないまま、この状況の心理的要因も見つけられないまま、祥順は己のベッドを見下ろした。セミダブルにしておいて本当に良かった。シングルだったら狭すぎて厳しかっただろう。

 とりあえず先にベッドへと上がり、奥に行く。ベッドを誘ったのは自分である。誘った側が緊張していたら、浩和も困るはずだ。


「どうぞ」

「……どうも」


 潜り込みながら言えば、浩和は素直にベッドへ上がった。動きはゆっくりとしていて、気が向いていないだろう事が何となく分かる。

 視線からして、嫌われてはいないはずだが、自信はなかった。

「明日はアイロン掛けをしないといけないから、いつもと違ってたたき起こしてくれよ」

「いや、さすがにそんな事しないって」

 少しでも気を紛らわせようと明日の事を頼めば、案の定苦笑しながらの返事がもらえた。


「でも、起こしてもらえないと困る」

「分かってるよ。俺が朝ご飯でカジくんがアイロン掛けな」

「うん。そうしてもらえるとありがたい」


 あ、枕が足りない。


 ふと頭の位置を正そうとして気が付いた。祥順が使っている枕はそんなに大きくない。

 だから、どうしても真ん中に置かれていた枕が中途半端に頭に当たる。これでは寝にくいはずである。


「ちょっと失礼」

「ん」


 祥順は一言声をかけてから枕をどかした。もちろんそれは適当に放り投げる。ぼすっと鈍い音を立ててどこかへ落ちた枕に、浩和が小さく抗議した。


「そうやって放るから部屋が散らかるんだぞ」

「でも、もう投げたから」

「……くく、手遅れだな」


 祥順が堂々としているのがおかしいのか、浩和は小さく笑っている。近距離にいるせいで、小さな振動が伝わってくる。


「笑いすぎだ」

「いや、カジくんらしいなと思って」

「何だそれ」


 ほとんど反射的に足が動いた。


「あっ、蹴ったな」

「君がずっと笑ってるからいけないんだ」


 つんと澄ませた顔で言うと、小さく蹴り返された。思わずにやりと口元が歪む。浩和も口角を緩めて笑っていた。

2023.12.22 一部加筆修正

2025.10.1 誤字修正

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