大人の男になりたい寛茂と三人でバー
「俺も来ちゃって良かったんですか?」
「構わないよ。たまにはこういうのも良いだろ」
今日は祥順と飲む約束をしていたが、たまたま居合わせた寛茂も誘う事にした。祥順と二人きりは好きだが、人付き合いの悪い人間にはなりたくない。何事もバランスが大切だ。
他の人も含めて毎回誘っている訳ではない。寛茂は良い子だから、どちらかと言えば積極的に構ってやっている方だった。
「お待たせしました。行きましょうか」
エレベーターから現れた祥順は、ジャケットを片手に持ち、ほんの少しだけネクタイを緩めていた。
浩和は祥順の様子を見ながらやけにリラックスしているなという印象を抱く。二人だけの時はともかく、今日は寛茂がいる。珍しい。
「お店は変えます?」
「いや、こいつにも経験は必要だろう」
「えっ、どこに行くんすか」
今日はバーに行こうと約束していた。食事もできる、件のバーだ。カクテルの種類はもちろん、酒の種類も豊富で、更には食事も美味い。あの店にいるバーテンダーの何割かはソムリエでもあり、食事に合わせたワインの提供も行っている。
価格帯は高めだから、普通の給料を貰っている浩和達がそう月に何回も行くような店ではない。が、基本的に食事をシェアしたりすれば数回は行ける。
「大人の男がゆっくりと酒を楽しむ所だ」
寛茂は浩和の一言で大きなガッツポーズを無言で取った。声を出したら提案が却下されるとでも思ったのだろうか。
祥順と顔を見合わせると、彼は不思議そうな表情で寛茂の奇行を浩和に問いかけていた。肩を竦めて苦笑し、いつのもの事だと小さく教えてやる。
「一皮剥けて、大人の男になります」
スーツを整え直し、ネクタイの歪みも確認するそぶりを見せ、寛茂が格好を付けて言った。どうにも道化のようにしか見えない。
傷つくだろうから本当の事は言わないが、渋い男の部分を見せるには寛茂は若すぎた。
「……身につくまでは時間がかかりそうですね」
「おい、言うなよ」
「二人して!」
祥順の笑いながらの発言を小さく咎めると、それに気が付いた寛茂が口を尖らせた。
「まだ若いしな」
「そういう滝川さんだって若いですよ」
祥順がそれこそ大人の笑みを浮かべる。いや、勝者の笑みか。
「まあ、俺もカジくんも渋い系の男にはなれそうもないからな。
そういう意味ではヒロの方が近いんじゃないか?」
「確かにそうですね。
……十年以上年を重ねる必要がありそうだけど」
雑談をしている内に目的地へと辿り着く。三人で来たせいか、カウンター席ではなく、ボックス席へと案内された。中央にあるカウンターとは離れた壁際の席は、普段とは違う光景を見せる。
バーテンダーに近いカウンターの方が好みだが、ボックス席の方が落ち着いた雰囲気のライティングで、ゆっくりと自分達の世界に入って過ごしたい人間には向いているかもしれない。
「ヒロ、飲み過ぎてくれるなよ」
「分かってます。大人の男ですから」
バーは酒を楽しむ場だ。酔い潰れる場所ではない。この店に見合わない状況にはなりたくなかった。
寛茂は腕白な雰囲気は持っているものの、どちらかと言えば育ちの良さが垣間見えるタイプだ。箸の持ち方しかり、食べる時の口元しかり、行儀は先輩社員よりも良い。
「伊高さんは苦手なアルコールとかはありますか?」
「基本的には何でもいけると思います。
普段はビールとチューハイとか……そんなんばっかなんで、全然詳しくないですけど」
祥順がメニューを開きながら聞けば、寛茂の軽い返事が来る。アルコールの方は祥順に任せるとして、浩和は料理の方を選ぶ事にした。
「ここは色んなお酒があるから迷いそうですね。試してみたい系統はありますか?」
「何だろう……大人の男っぽい奴!」
ウイスキーやウォッカ、ジンあたりだろうか。寛茂の好みから考えて、チーズとかを使った塩気の強い食べ物が無難かもしれない。そういえば、とメニューをめくる。ピザ系はどうだろうか。
浩和が考えている傍で、二人の会話は続いている。
「イメージで言われるとそれはそれで……
大人の男とそこまで言うなら、王道のウイスキーにしましょうか。
ロックので頼んで水を添えてもらうから、ロックが厳しい時は水割りにすれば良いですし。それでも駄目だったら、俺達で飲みます」
「おお」
勝手に残り物を飲む事になっていた。まあ良い……いや、良くない。祥順を人前で酔わせる訳にはいかない。そこまで考えて、別に全部自分が飲めば良いのだと冷静になる。
半ば逃げるようにしてメニューへと意識を戻す。ピザなら余程の事がなければ失敗はないはずだ。定番のマルゲリータやクワトロチーズあたりが良いだろう。あとはミックスナッツとサラミ。
「焼酎でも良いですけど、今日はバーですし、洋酒の王道をいくつか試すくらいにしておきましょうね」
「ハイボールは飲んだ事あるんだろうな」
ふと疑問に思い、口を開く。顔を上げれば、いつになく楽しそうな寛茂の姿が見えた。
「あります。焼肉の時によく飲みます!」
「……なるほど」
視線を祥順へと移せば、これまた笑顔が見える。どうやら祥順は、寛茂を気に入っているようだ。一瞬寂しさを覚えるも、その表情が慈愛を含んだものだという事に気が付いて気分が霧散する。
あれは弟や子供に見せる表情だ。
「ハイボールが大丈夫なら、水割りくらいなら何とか飲めそうだな。
駄目だったらカジくんの言う通り、俺が飲んでやるから」
「何か、親子でファミレスに来たみたいな感じがします!」
ぎょっとして寛茂を見つめた。恐らく祥順の方も同じだろう。寛茂は、少年のように瞳を輝かせている。
子供がいても不思議ではない年齢だが、こんな大きな子供は勘弁してもらいたい。
「食べた事がないものとか、駄目なら代わりに食べてやるから試しに食べてみなさいってよく言われてたんです。
そのおかげで、好き嫌いほとんどないんすよ」
懐かしいなー、と能天気にお花畑を咲かせている。家族仲は大変良いようだが、事ある毎に彼の両親に例えられるのは反応に困る。
「言っておきますけど、俺達はあなたのご両親とは別人ですからね」
笑いながら祥順が言えば寛茂はまた嬉しそうに笑顔を見せた。




