気になる視線と頑張る後輩
紗彩にとことんからかわれた後、浩和は祥順の視線が気になるようになってしまった。一挙一動を見られているのを知ってしまうと、それが気になって仕方がない。
誰だって、見たり見られたりしているもので、いちいち気にしていたら神経がすり切れてしまう。だが、そうは分かっていても気になるものは気になるのだ。
今日も浩和は祥順の視線に晒されながら作業をしていた。
というのも、隣で寛茂が必死の形相で旅費精算を作っているからである。祥順は時間のある時に、社内で面倒がみれない千誠の代わりを務めているのだ。
総務部の中では寛茂が一人では書類ができないのが周知の事実であり、それを祥順がフォローするのならば彼の業務を他のメンバーが肩代わりしてくれる。代打に代打を用意している状態だが、結局提出された書類を添削してだめ出しをするよりは手間が省けるという事だろう。
祥順は寛茂に付きっきりでこちらを見ていないかのように見える。が、その実、隙さえあれば浩和をちらちらと見つめてくる。
浩和は次のミーティング用の資料をチェックしている最中だった。自分のではなく、寛茂がつめたものの最終チェックだ。タッグを組んでの企画は終了したが、あれ以来どうやら浩和に懐いたらしい寛茂がちょくちょく甘えにやってくる。
それでも付き合い続けているのは、少しずつ寛茂のスキルが上がっているからだった。それにまあ、頼られて悪い気はしない。
……集中できない。浩和はこっそりと溜息を吐いた。どうしても祥順の視線が気になり、そして現状の確認という名の逃避をしてしまう。
「ちょっとコーヒーを買ってくるよ。
何か欲しいものある?」
立ち上がりながらそう言うと、不思議そうに見上げてくる視線が二つ。
「わざわざ買いに行くんですか?」
「何で?」
「必要なら私が行きます。伊高さんの監視しかしてませんから」
さも気が利く人間のテンプレートみたいな祥順の発言を、浩和はやんわりと拒絶した。祥順に罪はない。ただ、浩和の精神がいろんな意味で限界なだけだ。
「気分転換も兼ねてだから。ずっと画面とにらめっこで」
「なるほど……それではお言葉に甘えて。
同じ物を私にも買ってきていただけますか?」
祥順が苦笑して、気を取り直したような頼みに首を縦に振って応える。寛茂は、見るからに「俺も俺も」という顔で見つめてきていた。会話に割り込まないように気を使いつつも己の要望を通そうという、営業ならではの良い根性を見せつけている。
「じゃ、ちょっと行ってくるから二人とも楽しみにしてて」
「やった、いってらっしゃーい!」
「お願いします」
ガッツポーズをしてまで喜びを示す寛茂の頭をぽんと叩いてミーティングスペースから離脱した。ビルを出ると、ほんの少しだけ乾いてきた熱風が浩和にぶつかってくる。
もう少しばかり我慢すれば、この熱風も肌寒さを感じさせる程に冷えてくるだろう。
会社から出てすぐ側のコンビニは空いていた。そこにはまだ入らずに隣のコーヒーショップへと入る。そこでホットコーヒーを三つ頼み、それからコンビニへ足を延ばした。
コンビニの中は、人数が少ないのにも関わらずガンガン効かせている冷房のせいで、鳥肌が立ちそうなくらいに涼しい。浩和はなにを買うのか決めていたから迷わずに売場へと移動した。
まだ暑い雰囲気の中、ホットコーヒーに合わせたいのはアイス最中だった。食べやすいようにブロックの形をした最中の中にアイスが入っている、典型的な奴だ。
バニラアイスにコーヒーの組み合わせは最高だと思う。浩和は美味しそうに食べる祥順の顔が見たくて、さっさと会計を済ませた。彼の視線が気になろうが、そのせいで仕事に集中できなくて苛つきそうになろうが、浩和は祥順を嫌いになれない。
むしろ、祥順を好ましいと思っているからこそ、彼の視線が気になるのだ。見られるよりも、見たいし、どちらかと言えば触りたい……気もする。
「あれ、コンビニも寄ってきたんですか?」
コンビニの袋をめざとく見つけた祥順が、ただいまを言う間も与えずに口を開いた。
「あつあつのブラックコーヒーと一緒に食べたくて」
「良いですね、それ」
「やったっ」
嬉しそうに語尾の跳ねた声達に口を緩ませた。寒さが厳しくなってきたら積極的に食べたいとは思えなくなるだろう。まだ暑さの残る今だからこそ、浩和も食べたいと思ったのだ。
寛茂が浩和の置いたコンビニの袋を受け取って、早速配る。コーヒーをその隣に置けば、ブレイクタイムの始まりだ。
「さすが滝川さん! 何で営業じゃないんですかー!」
「企画の仕事が好きだから」
「滝川さんが直属の上司だったら良いのに」
素直で、割と根性もある。考え方も悪くない。後もう少し事務処理に難がなければ、企画でもやっていけるだろう。
「そしたらこんな楽しい休憩時間が毎日……」
「ヒロ……お前、俺を何だと思ってるんだ」
ただの「差し入れおじさん」だとでも思っているに違いない。
「滝川さんの、その気配りの上手さにはいつも頭が上がりませんね。
伊高さんも見習ったらもっと売上が上がりますよ」
祥順が仕事にも生かせる能力なのだと言えば、寛茂の表情が賑やかになる。
「俺も滝川さんみたいになれますか」
「それは伊高さん次第です」
「それはそうだろ。ヒロにはヒロの良い所があるんだから」
「良い所って!?」
身を乗り出しそうな勢いで寛茂が言う。そんな勢いがありながら、モナカを指先で持っていて、アンバランスさを感じさせる。
「元気でまっすぐな所かな」
「あとは自分でも見つけてみてください。自分を把握するのも大切ですよ」
浩和が一つ上げた所で祥順が区切った。祥順の言葉にしっかりと頷いてから寛茂はモナカにかぶりついた。持ち直してもやっぱり指先だけで支えていた。
「あっ、恥ずかしいから見ないでください!
俺、冷たいの持つの苦手なんです」
眉を下げて懇願する姿は、実家で飼っている犬のようだった。




