紗彩の鋭い指摘
元気にしてる? と紗彩から連絡が入ったのは秋が訪れるような兆しが夜長になってきたという一点だけ、という九月の中旬だった。まだ日中はじりじりと焼け付き、夏が終わるようには思えない。そんな日だ。
お茶でもどうか、という内容からは説くに何の感情も見られず、単なる気まぐれで誘ってきただけらしい。
特に決まった予定もなく、ただだらだらと過ごすだけの休日よりは、出かけて何かをしていた方が良い。浩和は悩む間もなく是と返事を出した。
「元気そうね」
「お互いに」
互いに片手をあげて挨拶を交わし、コーヒーショップへと向かう。明寧はついてきておらず、紗彩だけだ。
相変わらずフェミニンなスタイルだ。フリルがついたスタンドカラーのノースリーブに夏物のニットのカーディガンを羽織っている。
色合いは淡く、彼女の雰囲気を軽やかにさせていた。
「明寧がいないの、変?」
「いや、そうじゃない。どちらかと言えば彼女が気にしないのかなって」
下から探るような視線で見上げてくる紗彩は、少しだけ緊張しているようだ。自分は今更緊張するような相手ではないはずだ。違和感を感じながらも浩和はコーヒーを頼んだ。
「カジくんは元気?」
「元気だよ。今もちょくちょく互いの家で飲んでる。
最近は紗彩が残したリキュールの消費を手伝ってもらっているよ」
「そこそこ遠いのによくカジくんもつき合ってくれてるわね」
紗彩が呆れ半分に言うのを、逆に浩和も呆れてみせる。
「結局俺の家の方がキッチンが広いし、いろんな事が試せるからな。
むしろ今まで会社から近いという理由だけで向こうの家ばっかり使わせてもらっていた事の方がまずいだろ」
浩和の言う事はもっともだ。入り浸り状態で、甘えっぱなしだった。それに疑問を抱かずにずっと過ごしていたのは浩和として恥ずかしい過去の一つとなっていた。
紗彩は軽く頷いて見せ、それから本日一番の笑みを見せた。
「彼とうまくいってるなら何よりだわ」
「何だって?」
浩和の問いには答えず、紗彩は続ける。
「少し心配だったのよ。あなたの立場からすれば、突然こっぴどく振られたようなものじゃない?
いきさつを説明したからって、私の行為が許される訳じゃないし」
「……?」
話の流れが全く見えず、そのまま続きを待つ。
「ひなちゃんから、二人が良い仲になったみたいって聞いてはいたけど、本当かどうかは確認してみるまで分からなくて」
「は?」
「でも、今のあなたを見れば分かる。幸せそうだもの」
とんでもない勘違いだ。浩和と祥順はそんな関係ではない。
「ちょっと待て、さーや」
「何よ?」
「それは勘違いだ。俺とカジくんはそういう関係じゃない」
「嘘を吐かなくて良いのよ?」
眉をひそめ、信じられないといった風に見つめてくる紗彩へ、浩和は睨み返した。彼女は不満そうに、頼んでいた豆乳ラテを飲む。
比奈子が紗彩へと変な報告をしたのが原因とはいえ、勝手にそういう目で見られるのはやめてもらいたい。
「……紗彩」
あえて名前を呼び、本当に違うのだと言外に伝える。紗彩は一瞬口元をひきつらせたが、諦めたように溜息を吐いた。
「――本当に違うのね」
「そうだと言っている」
冷め始めたコーヒーは油が浮き始めている。それをくいっと一口飲めば、苦みのきいた風味が浩和の気分の高まりを諫めた。
「確かに、俺とカジくんはかなり仲が良い。
毎週のどこかでは必ず飲みに行くし、月に数回はどちらかの家で過ごす。
だが、それだけだ」
「……私には、それだけって言っているように見えないけど」
ふてくされた声が浩和に届く。だが、今言ったのが事実だ。浩和がどう思っているか、祥順がどう思っているか、それらは関係ない。
ただ、事実はそれだけなのだ。
「不満そうだな」
「不満だわ。だって、あなた。カジくんが好きでしょ」
紗彩の視線が浩和を貫いた。互いを知り抜く勢いで、過ごしてきた仲だ。明らかに紗彩の視線は浩和を責めていた。
「春先より、もっと幸せそうに見える。
それはあなたが彼に好意を抱いているから。違う?」
「……」
自分の気持ちは分かっている。だが、それを他者に漏らすかどうかは別だ。もう一口、コーヒーを飲んだ。彼女の視線は注がれたままだ。
「カジくんと一緒にいる時、あなたはずっと彼ばっかり追ってた。
今、とても幸せそうに見えるのだって、カジくんとの生活に満足しているから。
でもそう遠くない先、それだけじゃ満足できなくなるわ」
紗彩の言っている事は正しい。浩和だって、同じような事を何度も考えた。
「同性だから、言えない?」
「違う」
浩和の返答に紗彩がにんまりと口元を歪ませる。思わず即答してしまった。しまった、と思うよりも先に溜息が出た。
「関係が壊れるかもしれない?」
「……」
「大丈夫だと思うけどね。
この前私の方に相談のメールが来てたわよ」
何だって?
「最近、あなたの言動が可愛いって」
「は?」
「……そうは書いてなかったけど、要約すればそうなるわ」
分かるように話せ、と睨む。紗彩は軽く肩をすくませてみせると、口を開いた。
「簡単な話よ。前よりも言動が年相応に感じるようになったけど、大丈夫なのかって。
カジくんがひたすらかっこいい人って見てくれる時代が終わったって事ね。
安心して。あなたの事が好きな証拠だわって言ってあげたら喜んでた」
「裏切り者め」
「そうそう。そういう子供じみた言動は、親しい人にしかできないもんねー」
紗彩の奴、余計な事を。
浩和はそう思ったが、口にはできなかった。
2020.1.9 誤字訂正




