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書類不備です。  作者: 魚野れん
変に意識するなよ

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補いあって相思相愛

 浩和が照れ隠しに作ったカクテルは本当に抹茶ラテのようだった。抹茶ラテと呼ぶには粉っぽさがなく、濃厚な抹茶のイメージはない。味と色が抹茶で、抹茶を思わせる雰囲気のアルコールがふんわりと香る飲みやすいカクテルである。

「こんなのあるんだ」

「シリーズになっているらしくって、紗彩が買ったんだよ。残っているのはこれだけだけど」

 一体彼女はどこからそんな情報を仕入れてくるのだろうか。自分で調べたというのなら、相当な物好きなのでは。


「紗彩、リキュール探しが趣味みたいなものだったからなぁ」

「趣味のない自分が言うのもなんだけど、その趣味はアリなのか?」

 苦笑しながら言えば、浩和も苦笑し返した。彼も同じ意見だったようだ。そして再び視線が交差する。

「……今となっては良い思い出だよ」

 その瞳には過去を懐かしむ、紗彩への友愛を感じさせた。

「出て行く時はさすがに持って行くと思ったんだけどなぁ」

「リキュールを見ると紗彩の事も思い出す?」

「まあ、ね」

 あーあ、と軽い溜息と共に吐き出された言葉は浩和の複雑な感情をも吐露させた。紗彩への未練なのか、過ぎ去った過去への懐古なのか、それは分からない。

「またリキュールの消費につき合わせてくれ。君には紗彩以外との思い出も必要そうだ」

「うん。ありがとう」

 どこかほっとしたような表情に、祥順の心が小さく震えた。


 最近の浩和は庇護欲をそそったり、可愛く見えたりする。そう感じるのは態度や仕草からであるが、どうしてそんな風になったのかが分からない。何かきっかけがあったに違いないと思うものの、思い当たらない。

 できる男というイメージが強かった浩和が、いつの間にか年下の男に見えるようになった。祥順には、それがとても不思議だった。

「思ったんだけど」

「うん?」

 浩和が緩く口角を上げて言う。

「カジくんって、結構包容力があるタイプだよね」

「そうか?」

 祥順は首を傾げた。どこにそういう部分を感じたのだろうか。むしろ包容力があるのは浩和の方ではないか。しょっちゅう面倒を見てもらっている側の人間からすれば、彼の言葉には納得いかないものがある。


「話をしていると、そう思う事が多々あるんだ。

 行動というよりは思考って言えば良いのかな」

 確かに行動面で考えれば、仕事以外で良い部分を見せれた試しがない。考えている内に抹茶ラテ風のカクテルを飲み干した。

 それに気が付いた浩和が、適当にカクテルを作り始める。何を作ってくれるのだろうかと思ったら、アップルワインのソーダ割りだった。アップルワインはロックでも飲めるが、飲みやすいのはダントツでソーダ割りだろう。

 手早くマドラーでかき混ぜられたそれは、すぐに祥順の手元に差し出された。

「俺は行動する派だけど、カジくんは思考する派って感じがする。

 一番そう感じたのは落ち込んだ俺を慰める為に飲みに連れて行ってくれた時だけど、今だってそう感じているよ」

「……そうかな」

 いまいちピンとは来ないが、自分の事は案外見えていない場合もある。それに、他者の感覚が必ずしも自分と同じとは限らない。その感想は素直に受け止めておくのが良いだろう。


 炭酸で薄められたアップルワインは、甘すぎず、喉ごしも爽やかだ。ちびちびと飲んでいるつもりだったが、グラスを持った手は勝手に祥順の口元に液体を傾けていた。

「カジくんは時々俺の思考を先回りして、少しでも俺が幸せになれるような言葉をくれる。

 俺は、カジくんが楽になれるような行動しかしてやれない」

 その言葉には、浩和なりの悩みがあるようだった。彼には、十分すぎる程によくしてもらっている。祥順は、その好意を返しきれていないと感じていた。

「タキくんには助けられてるし、いつも俺の支えになっている」

「それはこっちの台詞だよ」

 考えている……いや、感じている事は一緒か。祥順は少し胸が軽くなった。

 つまり、自分達は今、支え合っているという事である。今まではしてもらっているだけで何も返せていないと、そう思う事が多かった。

 だからこそ、少しだけ引け目に感じるようになり、彼の好意を湾曲して受け止めてしまう事に繋がったのであろう。


「――考えていた事は同じだったかもな」

「うん。そうかも」

 二人は顔を見合わせて苦笑した。ある種、これは相思相愛ではないか。祥順の気分は、どんどん幸せモードへと移行していた。深い人間関係を築くのがへたくそだった自分が、心を分けあえるような親友という存在を手に入れたのである。

 残念ながら恋人はいないが、別にそれが人生の全てではない。仕事も充実しているし、こうして頼り頼られ、支え支えられ、一緒に時を過ごす相手がいるだけで充分すぎる程の幸運ではないか。


「自分では何もできていないと思っていたが、どうやら違うらしい。

 しかも、それはお互い様のようだ」

 祥順はそう言っていつの間にか半分飲んでしまっていたアップルワインを、また一口飲んだ。

「これが原因で相手に気を使う事はしないようにしよう。

 お互いの不足を補いあえるなんて、とても幸せな事だし」

「そうだね」

 浩和が新しく自分用にアップルワインを注ぎ、それにウイスキーを足した。炭酸を注いでマドラーをつっこむ。


「なんて言うか、二つで一つになるキーホルダーみたいだ」

「それ、カップル向けのグッズじゃないか」

 祥順は反射的につっこんだ。何という喩えだ。浩和も口にしてから気が付いたらしく、マドラーでカクテルを混ぜながら照れくさそうに苦笑した。祥順の分を作る時は綺麗に回っていたマドラーが、ぎこちない動きになっている。

 浩和には悪いが、結構愛らしい姿だ。普段スマートな姿を見ているせいか、こうした姿を見るのも悪くない。

「パズルがぴたっとハマる感じとか、もう少し違う言い回しの方が良くないか?

 俺しかいないから良いけど、これが飲み会だったらまた“夫婦”って言われてからかわれるよ」

「そう言われて照れるのはカジくんの方だけどね」

「からかわれ慣れてないだけだ」

 あの飲み会は本当に恥ずかしかった。平然としている浩和を尊敬したものだ。祥順にはそんな真似ができそうにない。きっとまた同じような展開になっても、恥ずかしくなってしまい、それが表情に出てしまうだろう。

 ――まあ、今は浩和の方が表情に出てしまっているようだが。

 祥順はそれを指摘する事はせずに、浩和が作ったウイスキー添加のアップルワインを代わりに頼んだのだった

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