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書類不備です。  作者: 魚野れん
変に意識するなよ

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酔っ払いの泥酔介護と寝不足ののんびり朝支度

 自分に抱きつくようにして眠ってしまった祥順に、浩和は固まっていた。祥順の頭がすぐ顔の下にあって顔が動かせない。目だけで下を見ると、祥順のつむじがぼんやりと見えた。

 近すぎてピントが合わない。

 酔っているせいかぽかぽかとした体温が浩和の身体を温める。空調が効いていなかったら汗だくになってしまいそうだ。


「こんなとこで寝るなよなぁ……」


 祥順は反応しない。酔っぱらった祥順を相手にするのは初めてではない。もう数えてもいない。本当に寝てしまったのだろうか。一応自力で立っているようだが、大分体重がかかっている。

 祥順を起こすのは諦めた。だが、どうしたものか。立ったまま寝られるとは思わなかった。


 すぐそばでは寝息と思わしき吐息が聞こえてくる。しこたま飲んだアルコールの臭いが掠めた。祥順だけじゃない。浩和もかなりの酔っぱらいだ。

 中途半端に抱き合っているかのような体勢から、いかに祥順を起こさずにベッドへと寝させるか。酔いの回った頭で考えるには難しい問題だった。

 祥順を抱えたまま、ゆっくりと回転する。ベッドに背を向けて少し下がると足がベッドに触れた。ベッドに体重を預けながらひざを曲げていけば、何とか祥順を揺さぶらずにベッドの上へ座る事ができた。


「……はあ」


 ひとまずここまでくれば、安心だ。浩和は安堵と疲れを滲ませた溜息を吐いた。あとはシーツの上に転がすだけだ。体勢が変わっても起きない祥順に内心で苦笑しつつ、きちんとベッドへ横たわらせた。


 いつになく懐いた姿を見せてきた祥順に、浩和の心臓は高鳴ったままだった。あれだけ酔っていたのだ。密着している相手の鼓動など気にもしていなかっただろう。だからこそ、普通に振る舞えた。

 あれが素面だったら知られる前にやんわりと逃げていた。立ち上がって一気に酔いが回ったのだとしても、あれはすごかった。一瞬にして親友としてのポジションを捨て去りそうになった。

 浩和は布団にくるまって眠る祥順を見つめた。理性が勝っているのが不思議なほどだ。祥順にその気がないのが分かるからかもしれない。

 親友として信用してもらえている事。自分には仕事で張りつめている気持ちを完全にゆるめてもらえる事。それだけで今は満足なのだろう。


 いつか……それで満足できなくなる日が来るかもしれない。その前に自分の気持ちが失えない親友というポジションから動かなくなる日が来るかもしれない。

 今は、自分の気持ちを自覚したばかりで冷静ではないはずだ。だからこそ、の理性なのかもしれない。

 浩和はふと、同性のパートナーを得た紗彩を思い出した。

 彼女にとってのきっかけは何だったのだろう。自分の態度が紗彩を怖がらせ、そして明寧から与えられている気持ちを受け入れるようになっていったというのは聞いていたが、「ああ、この人だ」と感じた瞬間は聞いていなかった。

 その“気付き”の瞬間について、聞きたくなった。少なくとも浩和は暫く誰とも深い仲になる気がなかった。ただ、紗彩の件を通して親しくなった祥順との親交を深めたいという気持ちしかなかった。


 それが、どうしてこんな変な――そう言ったら失礼か――感情に気が付かなければならなかったのか。


 それこそ自分で自分が信じられないくらいだ。祥順の寝顔から目を逸らし、立ち上がる。これ以上この部屋にいても仕方がない。これではただの変質者だ。

 そう言えばカクテルが飲みかけだったなと思い出す。勿体ないから飲もう。浩和は一人で飲みかけになった酒を飲み干すのだった。




 祥順が目を覚ます前に、と浩和は仮眠だけを取って後片付けをしていた。ほとんど眠っていないせいか、二日酔いのような、だるい感じがする。こう、額の辺りがもやもやとする感じだ。重たい頭を緩く振って洗い物を続けた。

 グラスが多い。調子に乗って色々な飲み物を試したせいだ。中途半端になっているペットボトル飲料はどうしようか。アルコールによる酩酊感がなくなった今、酔った自分の奇行と言いたくなる所業に頭を悩ませていた。

 とりあえず、果実系のジュースは朝ご飯の時に飲めば良い。その他の飲み物が困る。常温になったジンジャーエールとかの炭酸飲料は炭酸が抜けていそうだし、ペットボトルの白ワインは迎え酒にもしたくない。

 強いて言うなら調理酒の代わりにでも使ってしまえば良いと思うが、一体何を調理するつもりなのか。


 素材がない。泊まり込むかもしれないとは思っていたが、翌日の昼以降にもここにいる予定はなかった。今だってそのつもりはない。いっそこれは自主回収で、帰りがけに白身魚を何か買って調理するか。

 何も白身魚じゃなくてエビでも良い。イタリアン系も良いがスペイン系も捨て難い。

 片付けを終えた浩和は、祥順と一緒に食べる朝食の準備をしながらメニューを考え始めた。帰宅してからのメニューは準備が整ってからまた考えよう。


 朝食は残ったつまみを使ったサンドイッチだ。フランスパンで挟むから一口サンドみたいな形になる予定である。だいたいの大きさを合わせて何対かを用意しておく。

 後は同じサンドイッチの具になっても喧嘩しない組み合わせを考える。焼いて挟んで、それから起こして、となると食べる頃にはパンがしっとりとしてしまう。

 だから、今はイメージトレーニングだけして決まったら祥順を起こすのだ。組み合わせを考えている最中に、卵とレタスが欲しいな、と思った。レタスはないかもしれないが、卵ならあるだろう。

 冷蔵庫を覗いてみれば、案の定卵はあった。野菜室を覗くとレタスはなかったが、なぜかほうれん草があった。

 ……料理をするようになったのか? 不思議に思いつつも卵を茹で始めた。

 半熟は切りにくいから固茹にしよう。フライパンに水と卵を入れ、茹で始める。


 蓋を閉じてから、再び帰宅後のメニューへと思考が戻る。魚介のパスタとポットローストはどうだろうか。どちらも簡単に作れるレシピだ。この料理だけだといかに飲みかけとは言えペットボトルワインを消費しきる事ができないから、付け合せにアヒージョかグレッグを用意すると良いかもしれない。

 アヒージョは片付けが面倒だからグレッグの方が良いかな、と取り留めのない事を考えている内に祥順を起こす時間がやってきたのだった。

2023.12.17 一部加筆修正

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