熱視線と駄々っ子
まったりとした雰囲気でカクテルを飲む祥順を目の前に、酔いの回り始めている浩和は新しい何かを作り出そうとしていた。適当なグラスにジンを入れ、今度はレモネードのペットボトルを傾ける。
淡くて少しだけ濁ったレモン色の液体がグラスに満たされた。
マドラーでかき混ぜられるそれを見て、祥順はぼんやりと美味しそうだなと思う。祥順に渡さず、浩和が一口味見する。
「これはいける」
「どんな味……?」
「蜂蜜レモンにゆずがちょっと香るみたいな味」
そう言われて自販機とかでよく売られている小さなペットボトルのパッケージが思い浮かんだ。
――あれはどんな味だったっけ?
甘ったるいだけだったような、爽やかな味だったような。もうそれ以上は何も思い出せそうにない。学生の頃に何回か飲んだきりである。
とん、と近くに置かれたグラスをほとんど反射的に取って傾けた。匂いから味まで何もかも甘い。オレンジの方が好きだった気がする。
「滝川さん、思ったより甘いの飲めるんですねぇ。俺、オレンジの方が好きです」
「そうか。じゃあ、オレンジジュースでもう一杯作るから、それは俺がもらおう」
追加で飲んで大丈夫かな。まあ、飲むけど。祥順は思考にならない思考で頷いた。あっという間に作られたそれを手に、オレンジの爽やかな香りを吸い込んだ。
おまけのように何となくゆずの香りがする。
さっきの甘ったるいだけの液体より良い。浩和はその甘ったるいだけの液体を飲みながら祥順を見ていた。視線を合わせれば、彼が柔らかな空気を出した。目に見えるかのような強烈な変化に祥順は自分がおかしくなったのかと目を瞬かせた。
さっき飲んだ液体みたいな甘ったるい視線にとろけた空気。胸の底がむずむずとした。やばい、めちゃくちゃ酔ってる。祥順はふんわりと風船のようにどこかへと取んでいってしまいそうな思考を手放すまいと必死で掴んだ。
勢いよく一口飲む。
少し多めに喉を通っていく柑橘の爽やかな香りがほんの少しだけ祥順の気分を落ち着かせた。ゆっくりと深く息を吸って吐く。
落ち着かない気持ちがましになるかと思ったが、浩和からの視線を意識するともうだめだった。
「眠くなっちゃった?」
恋人に向けるかのような甘ったるい視線をどうにかして欲しくて、浩和の勘違いに乗る事にする。
「いえ……いや、そうかもしれません」
祥順もそうだが、浩和も相当酔っぱらっているに違いない。こんな熱い視線を寄越すのはおかしい。
「ここで寝落ちするくらいならベッドに行った方が良い。……歩ける?」
ずっと感じている視線から逃げるようにして、祥順は立ち上がろうとした。両腕と両足にぐっと力を入れて腰を上げる。
そのままテーブルの上から手を離そうとしたところで膝に入っていた力が抜けた。かくん、と支えを失った体が崩れた。思っていた以上に酔っ払っているようである。
「おっと」
祥順が倒れても大丈夫なように、あらかじめ近付いてきていたらしい。浩和の温かな両腕に抱え込まれた。
この時期にくっつかれても暑苦しいだけのはずなのに、ぬくい。
「ありがとうございます」
このまま心地よい温もりに包まれていたい。お気に入りの、触り心地の良い毛布に包まれている気分だった。このまま意識が溶けだして眠ってしまいそうな感じである。
「カジくん?」
「ん、行きますー」
半ば反射的な答えに浩和が笑った。小さく体が揺れ、それすら祥順をあやしているような心地よい揺れに感じる。
ああ、もう眠ってしまいたい。
「支えるから、ちゃんと歩いて」
浩和は祥順が一人では歩けない状態であるのを理解したらしい。半分くらい体重を預けている祥順を支えていた身体の向きを変え、互いに歩きやすいようにした。
くっついている面積が減り、寂しさを感じた。
「はい、歩いて」
背中を支えている浩和の腕に力が入る。それに押されるようにして一歩踏み出した。
ふらりと重心が揺れる。祥順の平衡感覚はどこかへと飛んでいってしまったらしい。
「んふふ、揺れますねぇー」
同じく酔いが回り始めているであろう浩和は祥順のその揺れにも負けず、支え続けてくれている。いつ倒れても大丈夫なようにと軽く腹部に添えられた手は、ほんのりと熱を伝えてくる。
身体の右側は浩和がくっついているからあたたかい。
「立ったまま寝るな」
「起きてまぁす」
言い方はぶっきらぼうで命令口調だが、そうとは感じさせない柔らかな声に嬉しくなる。こてんと頭を預けたら顎でこつんと返された。
「だーめ。ベッドで寝なさい」
「はいー」
返事をしながらけらけらと笑う。何気ない子供じみたやりとりがおもしろかった。
よたよたとした足取りの祥順は浩和に支えられながらようやくベッドを目の前にした。やっと横になれる、眠れる、という気持ちとやっと横になれる、眠れる、という気持ちとせっかく馴染んでいる温もりと離れなければならないのが嫌だという気持ちがせめぎ合う。
ああ、もったいない。
「――ちょっと、カジくん?」
浩和の声が掠れた。気にせず自分の考えを動きに変える。
首筋の辺りに良いカーブがあった。そこにまた頭を預ける。もうこのまま寝てしまえ。今日はなんだかそうしたい気分だった。
「おい、こら。俺は抱き枕じゃないし、こんな体勢のままで器用に寝ようとするな」
「んー」
浩和の優しいお小言は気にならなかった。無理矢理にでもベッドへ放り投げれば良いのに。目が覚めるくらいの声を耳元で出せば良いのに。
彼の優しさに白旗をあげても良いけど、もう祥順は一人では動けそうになかった。浩和に預けている体重が少しずつ増えていく。丁度良い温もりを提供した方が悪い。
「カジくん」
「も、むり……」
瞼も重いし、自分の事を呼ぶ声が子守歌に聞こえてくる。あの熱っぽい視線を浴びたら、甘えても良いんだと祥順の中で何かのスイッチが入ってしまった。
明日目が覚めて、素面に戻ったら元通りになるだろうから浩和には我慢してもらおう。それまで、酔っぱらっている祥順は自由に甘えたかった。
2023.12.15 一部加筆修正




