クラフトジンと酔っ払い
トニックウォーターで割られたジンは、先ほどのようなつんとするほどに強かったゆずの香りをまろやかなものへと変えていた。ふんわりとゆずの香りが漂うジントニックは、国産っぽく感じさせてくれる。国産、外国産、特にそんな区別をするような要素を感じにくい種類の酒であるが、そう祥順には感じさせられた。
まあ、つまり日本人好みの味、とでも言えば良いだろう。祥順はこのジンは割らないと消費しきれないぞ、と心の中で父親へ文句を言うと同時に、割ればうまいけど、と礼を言っておく事にする。
「割ったら爽やかになったね」
「そうですね。まだトニックウォーターの在庫はあるから飲めますよ」
一人で消費するには骨が折れそうなジンを見て、それから浩和を見た。浩和はグラスに鼻を近づけて香りを楽しんでいる。軽く閉じられた瞼には力が入っておらず、視線を外そうとわざとやっているわけではない事が分かる。
完全に仲直り、と祥順はそこで改めて感じた。リラックスしている様子の浩和を見て、ようやく胸をなで下ろす。こんな事で嫌われたくもないし、だからといって謝りたいとも考えていない。だから、これで良い。
「ジントニックの他に何か飲める方法を考えた方がよさそうだ。これ、結構量があるよ」
祥順の心の中を覗いたかのように、浩和が言う。
「でも、俺にはちょっと思いつかないです」
「他に何かないか試してみよう。牛乳割りはどうかな。リモンチェッロも牛乳で割ったカクテルがあるし」
牛乳は様々な酒で割られる飲み物だ。何で牛乳? と思わなくもないが、意外に合う。浩和の提案に、グラスに残った分を一気に飲み干して牛乳を取りに立ち上がった。
ふわりと視界が揺れたが、まあまだ大丈夫だろう。祥順はそのまま牛乳パックをテーブルに置いた。
「お願いします」
言わなくても適当に作ってくれただろう。にこりと笑みで返事をされ、そのまま浩和がカクテルを作るのを見ていた。
「それにしてもクラフトジンなんて、珍しいものよく見つけたよな」
浩和がしみじみと言う。確かにそんなものがあるとは思いも寄らなかった。祥順が知っているジンといったら、有名どころのボンベイ・サファイヤだし、あとはいくつかの海外で作られている銘柄くらい。
日本で作られるものというイメージ自体がなかった。
「どういうツテかは分からないけど、変わったお酒探しにハマったらしいです」
定年間近の父親は祥順とは違って好奇心旺盛タイプの人間だ。新しいものが何かと好きで、どちらかというと浩和側の人間である。祥順は母親に似た性格で保守的な面を持ちつつ、好奇心旺盛タイプに憧れる側の人間だ。
だからこそ、浩和とこうして仲良くしていられるのかもしれないし、居心地良く感じてしまうのかもしれない。
「良い趣味だね。俺は料理はちょっとかじったけどお酒はやってなかったな……」
新しいものを目にした時の感じがちょっと似ている。祥順は自分の親との類似点を浩和の中に見つけてはひっそりとはしゃいだ。
「ワインとかカクテルとかの資格とっちゃったりして」
「ああ、そういうのおもしろそうだね」
本当に取ってしまいそうで怖い。一瞬アルコールが抜けた気がした。
「まあでも取らないよ。趣味以上の何かにする予定がないし」
それはそうだ。そういう目的なしに資格取っても、宝の持ち腐れである。資格を取る事を趣味としている人間にとってはその限りではないが、結局実用的な資格以外は能力として活かす場面がない。
その資格を有する為に使った時間と労力を消費するだけ、というのは現実的ではないし、浩和もそんな考えを持っているのだろう。
「さ、ゆずミルク。味見どうぞ」
差し出された白い液体の入ったグラスを鼻に近付けた。ほんのりとしたゆずにいつもの牛乳の香り。次に口に含む。まずくはないが、おいしくもない。なんだか微妙だった。イメージと味がマッチしないと言えばいいのだろうか。
瞬きを繰り返しながらちびちびと味を確かめる様子に浩和ははずれか、と呟いた。
「ちぐはぐな感じがします」
「……どれ」
祥順のグラスを受け取り口付ける。浩和も何か思うところがあるのか、柳眉を微妙に歪ませて視線を泳がせた。
「絶妙だな」
別に飲めない味ではない。だが、何かぴんとこない。
「うん。これはなかったことにしよう」
作ったのは自分だから責任を取ると言う浩和に、何とか半分ずつ飲む事を了承させ、カナッペで押し込むようにして微妙なカクテルを消費したのだった。
結構飲みすぎた、そう感じた頃にはいつもできあがっている。祥順はぼんやりとした頭で考えた。
珍しく浩和も酔いが回っているらしく、肘をついて何かを飲んでいる。
「……それ、何ですか?」
浩和の動きが止まる。そしてゆっくりと祥順へと視線が動き、ふんわりと微笑んだ。
「あのジン、オレンジジュースで割ってみた。ゆずとオレンジを使ったカクテルレシピがあった気がしたから、いけるかなーと思って」
祥順が半分寝ている間にジンの使い道を考えてくれていたらしい。こういうところが企画向きなのかな、と適当な事を考えながらそのグラスへと手を伸ばした。
さすが、酔っていても浩和。祥順の考えを読み取ったらしく、グラスを近くに移動して取りやすくしてくれた。
「さっきコンビニに行ってきたんだ。 それでいくつか買ってきて試しているところ。オレンジはまぁまぁいけるよ」
飲みかけのカクテルを受け取ってひと口。これは好きかもしれない。
「俺、好きかも」
オレンジリキュールみたいな味がする。もう一口もらう。スモークサーモンとクリームチーズが乗ったカナッペを食べる。うん。おいしい。
「……カジくん?」
戸惑っているような、困り顔で祥順を見ている浩和の顔が歪んで見える。とりあえず笑い返しておく。浩和の反応が変だ。
そう考えてから動きの鈍い頭が思い出す。
そうだ。俺、酔っ払ってるんだった。
2023.12.17 一部加筆修正




