冷製パスタと冷静浩和
冷製パスタは簡単なメニューだ。さっと湯をかけてトマトの皮を剥いて――別に皮はあってもいいと思うが、何となくこのメニューの時は剥いている――ダイスカットにする。
もっと簡単にミニトマトでも良い。気分によってはトマトをスライスする時もあるが、見栄えを考えると普通に切った方が良い。
理由は単純だ。生ハムとスライストマトでは見た目が近くなって面白くないのと、アボカドと等分に切ったトマト交互に乗せていった方が華やかになるからである。
今回はアボカドと一緒に麺と絡める為、ダイスカットにする。
生ハムはスライスしてあるものを一枚ずつきれいに剥がしてふんわりと二つ折りにする。
あとで波形になるようにパスタの上へトッピングするから破かないように慎重に剥がさなければならないから、人によってはすごく難しい料理に感じるかもしれない。浩和はやり慣れていてコツも掴んでいるため、きれいに剥がしていく。コツといっても別に特別な事はしていない。
ただ、箸で剥がす時に必ず優しく挟んで平行移動させるようにするだけだ。タネをばらせば、とてつもない不器用でなければ意外にこなす事ができるようになる。それくらいの難易度であった。
パスタの麺は冷水にさらすから少しだけ柔らかめに茹でる。冷水にさらすと固くなるから、それを考慮して茹でるのである。
浩和は手際良く麺を湯に落とし、茹でながらアボカドの用意を進める。
アボカドは縦半分に切って種を取り、皮を剥く。半円になったアボカドをスライスしていく。半分はスライスしたまま、残りはダイスカットにする。因みにアボカドは変色しやすいからパスタを茹でている間に処理するのがコツだ。
変色を防ぐ為に一工夫するのも手だが、味が変わってしまったり一手間かかるから今回はやらない。今回の味付けはオリーブオイルと塩胡椒で、シンプルなものにするつもりだからだ。
弁当に入れるのならまだしも、すぐに食べるのだ。一手間かけるならば、その間に食べ始めた方がよほど良い。それに、麺と絡めれば必然的にオリーブオイルがつく。結局は同じ事だ。省ける手間は省くに限る。
浩和がアボカドを切り終えると、パスタの茹であがりまであと数分に迫っていた。
「カジくん起きて」
「んぅ……」
キッチン部分から声をかけたが反応が鈍い。浩和は回り込んで祥順を覗き込んだ。
よほど眠いのか、眉をひそめて不快そうな表情になっていた。口角も下がっているが瞼も下りたままだ。
「カジくん、お昼だよ」
「ううん」
そっと手を背中と肩に添えて揺らす。眉間の皺が濃くなった。更に揺らす。今度はもう少し強く。
「カジくんお楽しみのお昼だよー」
自らの片腕に頭を預けていた祥順の瞼がとうとう開かれた。ダークブラウンの瞳が現れる。光を感じて瞳孔がきゅっと小さくなり、虹彩の煌めきが浩和を反射させていた。
「……おれ、寝てた?」
祥順の焦点がまだ合っていないようだったが、何となくで感じたのだろう。
「うん。疲れが溜まってるんだろう。さ、お昼は食べてもらうからね」
しっかり目を覚ますのは本人に自力で頑張ってもらう事にし、浩和は昼食作りに戻る。後十数秒で茹であがるという時間で、慌ててパスタの茹で具合を確かめた。
大丈夫そうだ。本当はもう少し早い段階で麺の具合を確かめるつもりだった。ほっとしながら浩和はパスタを冷水にさらす支度を始めるのだった。
冷水にさらして冷やした麺をフライパンに投じ、その上からオリーブオイルをかける。そして軽く塩、しっかりと胡椒を振り、しっかりと混ぜ合わせる。
満遍なくオリーブオイルが行き渡るように混ぜたら、そこにアボカドとトマトを加えて今度は軽く混ぜる。しっかりと混ぜようとすれば、どちらも柔らかい食材だ。崩れてしまう。
皿にパスタを盛りつける。捻るように、回すようにして盛ると存外綺麗にパスタを乗せる事ができる。それを繰り返して整ったパスタの丘を作ったら、その丘を彩らせていく。
軽く半分に折った生ハムを傾斜に潰れないように注意しながら乗せ、丘のてっぺんにはアボカドのスライスとトマトのダイスカットをちょこんと添える。パスタの周囲は残ったアボカドのスライスで囲っていけば彩りも華やかだ。
己の盛りつけ具合に満足した浩和は目覚めたばかりでまだぼうっとしている祥順のいるテーブルまで皿を運んでいく。パプリカのサラダとかを添えても良い気がしたが、今回はとことん手間を省いた。
つまり、一品料理だった。
「一品だけでごめんね」
「……いえ、むしろ色々とすみません」
祥順からしたら至れり尽くせり状態だ。彼がそう思うのも無理はない。単純に浩和が祥順の世話を焼きたいだけだが、それを伝えたところで本気にはしてもらえないだろう。
「今日はカジくんに何もしないで休んでもらおうと思って来たんだから」
照れくさそうにきゅっと唇を閉じるところを見ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたりしているわけではなさそうだった。
「こんな贅沢、しても良いんでしょうか?」
「させてる側が良いって言ってるんだから良いんだよ」
祥順のそういう謙虚なところは育ちの良さが出ているが、もう少し遠慮なくしてもらいたいという気持ちになる。
いつまでも敬語もなくしてくれないし……と、些細な不満を心の中で漏らした。
「俺、このままだと滝川さんがいないと生きていけなくなってしまいそうです。
……んん、おいしい」
不安を抱けば良いのか、料理を楽しめば良いのか、わけが分からなくなってしまったようだ。何だかアオアオと鳴きながら食事する猫のようだ。
思いっきり甘えてしまえば良いのに。と言いたかったが言えなかった。
代わりに別の言葉を絞り出す。
「切って混ぜるだけみたいなメニューだから簡単に作れるよ」
「塩加減が天才的だと思います」
はあ、と溜息のような息と共に吐き出された言葉は最高の褒め言葉だった。アボカドをフォークで突き刺し、口に運ぶ。程よく塩気のついたオリーブオイルが祥順の唇を艶めかせた。
咀嚼する間閉じられている唇は小さく動き、偶に開けば味を確かめるかのように舌で唇を舐める。
祥順の唇に視線が釘付けになっていた。浩和の手が勝手にフォークを動かしてパスタを口に運んでくる。反射的にそれを食べたが、味はよく分からなかった。
2023.12.15 一部加筆修正




