↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書類不備です。  作者: 魚野れん
変に意識するなよ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/210

大切な宝物見つけた

 アラームの音にはっとしたように、祥順が口を開いた。

「あ、洗濯が終わったみたいです」

「ん?」

 洗濯物はここに……と、浩和がまとめられている衣類の山を見る。祥順は立ち上がりかけてから浩和の視線に気がついて、騒ぎ出す。


「あ、あれなんです。今日全部やっちゃおうと思って!」

 そんなに洗濯物ってできただろうか。

「シーツも! 今洗い終わったのがシーツで!」

「分かった。何となく分かったから」


 洗濯機の中を見れば分かるだろう。洋服の山よりも、干す物が足りるかどうかの方が問題になってきそうだ。浩和はなだめるように祥順の頭を優しく撫でて洗面所へと向かった。


 洗濯機を覗き込むと、シーツとタオルケットが入っていた。確かに寝具を洗うと衣類は入らない。浩和がくるタイミングに重なってしまったのが恥ずかしかったのだろうか。どちらにしろ手早く干してしまおう。

「物干し竿みたいなのってベランダにあったっけ?」

「ありますー、今拭いてます!」

 遠くから返事が聞こえてきた。家事は俺が全部やってやると宣言しておいてこの状況、と浩和は少しばかり申し訳ない気持ちになりながら寝具を手にベランダへと向かうのだった。


 リビングに入った時、ちょうどベランダから祥順が振り返るところだった。太陽の照りつくような光を浴びて彼が光で縁取られていた。

 ……ああ、良いなぁ。すとんと心の中に言葉が落ちてきた。ずっと、こうして一緒に生活していけたら、自分はどれほど幸せなのだろうか。

 今、浩和にとって祥順は大切な人間だ。どのくらいかと聞かれたら、多分、紗彩よりも大切だ。

 紗彩と付き合っていた時、彼女はこれ以上ないくらいのパートナーだと思っていた。だが、付き合っていない普通の友人である祥順の方が良い。そう本気で思えた。


「どうかしました?」

 浩和が祥順を見つめたまま突然動かなくなったのに気が付いてか、首を傾げている。見つめたまま思考がどこかへ旅立ってしまっていた。

 慌てて口を開く。

「あ、いや。ちょっと眩しいなって」

 ある意味間違ってはいない。彼の存在が眩しかった。それは、自分だけの大切な宝物を見つけてしまった時のような、そんな感覚だ。友人として近くにいたのに、と思わなくもないがそれとこれは別の問題だ。

「今日は日差しが強いですからね。はい、シーツ渡してください。これくらいは自分でやります」

 言われるがまま、抱えていたシーツを渡す。それをややもたつきながら綺麗に干した祥順がまた手を差し出してきた。


「タオルケットも」

「あ、ああそうだった」


 挙動が不自然だった気もするが、何とか普通にタオルケットも渡す。また覚束ない手つきで干す背中が浩和に何かを訴えてくる。もちろん浩和が勝手にそう感じているだけで、祥順は何も考えていないに違いない。

 じっと見つめているわけにもいかず、近くにあった洗濯物を抱える。これを洗濯している間に部屋の片づけを進めれば効率が良い。そう気持ちを切り替えようとした瞬間、ふわりと祥順の体臭を感じた気がした。

 絶対に気のせいだ。普段から香水も何もつけていない祥順は、今日日の三十代男性にしてはほとんど体臭がない。多少なりとも汗くささがあるはずだが、つんと刺すような汗の臭いを感じた事がなかった。

 デオドラントに気を使っているのかとも思ったが、そういうわけでもないらしい。不思議だとは思いながら過ごしていた。


 洗濯機に入れる前に分類する。ワイシャツ類は襟や袖口に専用洗剤を付けてネットに入れた。タオル、下着類、パンツ類、と別のネットにそれぞれ分けてから適当に洗濯機へ放り込む。

 放置されていたからなのか、単にさっきの“気付き”のせいで気になるようになってしまったのか、周囲に祥順の香りが漂っている気がして落ち着かない。

 ただ脱ぎ散らかされただけの汚れ物であるはずなのに。瞬間、憎々しさがこみ上げてくる。突然コントロール不能になった自分の精神に呆れながら、その憎々しさを投げるようにして洗剤を投げ込んだ。


 注水が始まったのを確認してからリビングに戻ると、くつろぎきれない祥順の姿があった。家主は自分だというのに、家主らしからぬ様子で背筋を伸ばして座っている。

 してもらう立場である事が、祥順の中でこの不可思議な姿勢を誘因しているのだろうが、借りてきた猫のようにも見えてくすぐったい気持ちになる。

「カジくん」

「あ、洗濯物ありがとうございます」

「洗濯が終わるまで、片付けしても良い?」

「もちろんです。お手数おかけします」

 祥順はしっかりとお辞儀をして席を立つ。邪魔にならない所へ移動するつもりのようだ。

「気にならなければ、その場所で座ってて」

 これじゃどっちが家主なんだか。そう思いつつ、彼の目の前で片付けを始めたのだった。


 片付けをする浩和を祥順はじっと見守っていた。何が面白いのか分からないが、きっとそれ以外にする事もないからだと結論づける。それに、浩和を見ているように見えて、その実ただ疲れていてぼうっとしているだけという可能性もある。

 連日の作業で祥順は疲れているし、こういう時こそ何も考えずにぼーっとするのも良いのかもしれない。

 何とか洗濯機のアラームが鳴る頃には一通りの片付けは終わっていた。移動するだけで散らばっていた雑貨は下の場所へ戻し、棚やテーブルを磨いた。

 洗濯機は浩和が中身を取り出すのをじっと待ち続けていた。脱水時間を短めに設定していた為、中はまだ水っぽい。水が垂れない程度に脱水された洗濯物の内、ワイシャツだけを取り出してほかの物は脱水し直す。

 脱水しすぎるとワイシャツは変なしわが出やすくなる。しかも、それは後でアイロンをかける時の厄介な敵になる。浩和は手間がかかるものの脱水時間をワイシャツに合わせたのであった。


 ワイシャツを干し終わる頃には、追加で脱水をかけている分の洗濯物も干せるようになる。手早くそれらを干していき、ベランダの空いている場所へと引っかけた。

 ベランダへ向かう途中、ちらりと祥順を見た。浩和が洗濯物を干している最中に力尽きたのだろう。頬杖をついたまま瞼が落ちていた。全ての洗濯物が干し終わって改めて祥順を見れば、余計な力が表情筋に入っておらず、ゆったりとした眠りに見える。

 昼食の準備をしてから起こしてあげよう。浩和はあどけなく見える寝顔を見ながら小さく微笑んだ。

2023.12.13 一部加筆修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。