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第八章 怪談の真相

 伸行は、午後の出来事を思い出しながら、二人に「縁切りの滝」の真相を説明した。


◇   ◇   ◇


 伸行は、智子のいた保健室を飛び出すと、すぐに職員室に行き、皆川先生にあの滝のことを聞いた。皆川先生は、たぶん滝行の場所だろうと言い、滝に打たれて体と心を鍛える修行のことを教えてくれた。そして、滝行は決して珍しいものではないとも話してくれた。


 伸行は、今度は悠馬に聞くことにした。


 五時間目が終わると、先に教室を出て行った悠馬を追いかけて、廊下で声をかけた。

「なあ、佐藤。あの『えんきり』の話、本当かよ」

「さあな」

 佐藤悠馬がニヤニヤ笑いながら応えた。

「トモコ、あの滝に似たところに行ったことがあるんだって」

「へえ……それで?」

「そこに、落としものしたんだ。おばあちゃんがくれた、大事なかみどめ」

「ああ、だから長尾、二学期になってから、新しいかみどめしてるのか」

 伸行は内心驚いた。年中顔を合わせている自分でも見逃していたことに、悠馬が気づいていたからだ。

「……話、聞けよ。トモコのやつ、おばあちゃんとの『えん』が切れちゃうかもしれないって、こわがってる。だから、本当の話かどうかおしえろよ」

「教えてやってもいいけどさ」

 悠馬はニヤニヤ笑いながら言った。

「かわりに、なんかしてくれるのか?」

「いや、べつに」

「じゃ、教えてやらない。……でも、長尾ってそんなにこわがってるんだ、へえ」

 掃除の時間の始まりのチャイムが鳴った。

 佐藤悠馬は「校庭掃除だ」と言って、階段を下りて行った。

 伸行は、ぶつぶつ言いながら教室に戻った。

「あいつ、口がたつからな……」


 掃除が終わり、帰りの会が始まった。伸行は日直や先生の話を聞き流しながら、悠馬に白状させる方法を考えていた。

 左前の席には、智子が虚ろな表情で前を見て座っていた。悠馬のいうとおり、智子は前と違うゴム紐の髪留めをしている。言われてみれば当たり前のことだったが、伸行は気に留めたこともなかった。

「佐藤のやつ、トモコのこと、やたらくわしいよな……」

 伸行は、智子の髪留めのことと悠馬の態度を頭の中でつなげた。そして、ある「弱点」に気づいた瞬間、ふっと目を見開いた。

「あれ……? もしかして……?」

 

 帰りの会が終わると、伸行はランドセルを左手に持って走り出て昇降口で悠馬を待ち構えた。

 サッカーをしにきた佐藤悠馬が現れると、周囲に人がいないことを確認し、伸行は悠馬に声をかけた。

「なんだよ真田。あのことは教えねえぞ」

「いや、こんどは、別の話だ」

 伸行は、悠馬に「耳をかせ」と手まねで示した。

「なんだよ」

「お前、トモコのこと好きなんだろ?」

 悠馬は、もっていたサッカーボールを落とした。

「なっ……! な、なに言ってんだよ!」

 あわてて拾おうとして、またボールを落としていた。どう見ても図星だった。

 伸行は、悠馬があまりに簡単に引っ掛かったことに内心呆れと笑いが止まらなかった。しかし、顔に出さないように、カマをかけ続けた。

「オレは前から知ってたんだぜ」

「……おれからじゃねえよ。長尾がおれにきょうみあるかんじだったから……よくおれのこと体育でおうえんしてるだろ」

 伸行は「は?」と思った。

……そりゃ、同じチームならおうえんするにきまってるだろ。かんちがいもいいところだな……。伸行は、そう心の中で言い、問いを続けた。

「そうか。で、佐藤。『えんきりの滝』のことだけど……」

 伸行は、悠馬の首に右腕を回して、逃げられないようにして耳元で囁いた。体格は悠馬より伸行の方が大きい。

「本当のこと言えば、トモコのこと、だまっておいてやるぞ」

「……本当だな?」

「ああ、男のやくそくだ」

 佐藤悠馬は、ついに白状した。

「……『えんきりの滝』は、おれがつくったんだよ」

「やっぱりな。まあ、ほかの話は、聞いたことあったしな」

「だろ? それじゃつまんないから、本からもってきたんだよ。ちょうどいい話があったから」

「そうか。わかってよかった」

 伸行は、悠馬の首から腕を放し、ランドセルを背負うと、靴を履いて外に走り出そうとした。しかし、すぐに立ち止まって、もう一つのことを悠馬に聞いた。

「でも佐藤。なんで、あんなにこわがらせたんだよ」

「……べ、別に。長尾がビビるのが……ちょっと、おもしろかっただけだよ」

「なんだよ、それ」

……好きな女子にいじわるするなんて、ほんと変なやつだよな……。伸行は、そう思いながら外に出ていった。

 背中から、悠馬の声が追ってきた。

「だれにも言うなよ!」

「ああ、男のやくそくだからな!」

 伸行は悠馬に振り返って、得意げに胸を張った。

……お前、いつかトモコにきらわれるぞ……。伸行は、また前に向き直って、走り始めながら思った。


◇   ◇   ◇


「……というわけで、佐藤のやつ、はくじょうしたんだ。つくり話だって」

 伸行は、悠馬とのやり取りを思い出しながら短く説明した。ちゃんと「悠馬が智子を好きなこと」だけは内緒にした。男と男の約束は守らなきゃなと伸行は思った。


 少しずつ薄暗くなってきた河原の中。

 ススキの茂みから聴こえる秋の虫の鳴き声が、さらに大きくなってきていた。コオロギやクツワムシの鳴き声も混じってきている。


 智子は、伸行の話を聞いて呆然としていた。吉清は少し安心した顔をしていた。

「なんだ……そんなことだろうと思った……」

 吉清が、メガネに手を当ててくいっと持ち上げながら、得意げに言った。

 それを聞いた智子は、吉清を睨んだ。

「ヨシくん!」

 智子のきつい声に、吉清がたじろいだ。

「な、なに?」

「『えんきりの滝』の話、信じてたくせに。いまさら、なに言ってるの」

「も、もし本当なら大変だって、言っただけだよ……」

 吉清は、ごまかしながら顔を横にむけた。

「なによ、もう……いいかげんなことばっかり言って……」

 智子は、腰に手を当てて頬を膨らませ、ぷいっと横を向いた。唇の端が少しだけ緩んでくるのを自分でも感じていた。そして、元々は自分のうっかりが招いたことなのに、二人が色々気を使ってくれたことに心の中で感謝していた。でも、ありがとうと言いたいのに、胸の奥がむずがゆくて、言葉がのどの奥で止まってしまった。

「それより、かみどめだろ。早くさがそうぜ」

 伸行にそう言われて、智子は岩陰を探し始めた。伸行と吉清も周囲を探し始めた。

 耳に届く滝の音や虫の声が少しだけ穏やかになったように、智子は感じた。

 

 三人は、あちこち身を屈めながら探したが、髪留めはどこにも落ちていなかった。

 河原は本当に薄暗くなり、樹々の間から見える空も、濃い夕暮れの色に変わってきていた。細かいものはもう見えにくくなっていた。

……もう、あきらめるしかないのかな……。智子が諦めかけたその時、背後の滝の音がふと強くなったように感じた。その音にまぎれて、誰かの気配がすっと近づいてくる。

「もし」

 不意に、低く響き渡る声が、智子の頭の上から聞こえた。

「ひゃっ!?」

 驚いて見上げると、先ほど、滝行をしていた男が立っていた。

「こちら、御身おんみのものではなかろうか」

 男の手の中に、すこし濡れた智子の『髪留め』があった。滝に打たれる前に、足元に落ちているのを見つけて拾っておいてくれたのだろうか。

「あ、あたしのです! ありがとうございます!」

 吉清と伸行も、こっちに歩いて来た。

 男は静かにうなずき、言葉を続けた。

えの無き物と見受けた……末永く大事にされよ」

 男は、まるで昔のサムライのように話しながら、智子に髪留めを渡した。そして静かに滝に向かい、落ちる水に打たれはじめた。


 智子はしばらく無言で滝行の男を眺めていたが、やがて小さく笑いだした。

「ふふっ……ふふふっ」

 智子が、やがて肩を振わせながら笑い始めた。

「やっぱり、いなかったのね。ゆうれいも、えんきりも!」

 伸行と吉清もつられて笑い始めた。

「そうだな!」

「とんだおおさわぎだったね!」

 三人の笑い声が谷間に響いた。その明るい声は、さっきまでの不安をすっかり洗い流してくれるようだった。

 夕暮れの風が、その笑い声もやさしく遠くに運んでいった。

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