第七章 もう一度、あの場所へ
昼休みの保健室。
「だって……あの『髪留め』……おばあちゃんからもらったんだよ」
智子は、保健室のベッドに腰かけ、吉清と伸行がもってきてくれた給食を食べながら言った。
「知ってるよ。だからあんな、びびったんだろ」
伸行が困った顔で智子を見た。
吉清は、丸いイスに座り、メガネをくいっと持ち上げながら、答えた。
「佐藤君の話が、もしほんとうだったら、あそこ、『えんきりの滝』なのかもしれないね。川のおくだし、石の小さい塔もあったし、ススキもあったし……」
智子が泣きそうな顔でつぶやいた。
「もし、おばあちゃんと『えん』が切れちゃったら、どうしよう……」
長イスに座っていた伸行は、腕を組みながら、首を捻った。
「でも、本当なのかよ、あれ……『えんきりの滝』なんて、聞いたこともないぜ。ほかの話は、どっかで聞いたことあったけどよ」
やがて、伸行が立ちあがった。
「オレ、ちょっと、ようじがある」
そう言って、保健室を出て行った。
智子は給食を食べ終えた。正直言って、あまり味がしなかった。給食当番の祐介が皿を受け取りに来た。
吉清は、智子を連れて教室に戻った。
「トモちゃん、今日、ひろいに行こう。もし本当なら、いやだろ?」
「うん……」
「学校おわってすぐ出れば、まにあうよ」
吉清が笑ったが、目は笑っていなかった。きっと、心のなかでは少し不安なんだろうと、智子は思った。
◇ ◇ ◇
伸行は、五時間目の後の休み時間になると、すぐに教室から出ていった。そして、掃除の後の帰りの会が終わった後も、ランドセルを掴んですぐに教室から走り出ていった。
智子と吉清は顔を見合わせた。伸行に、一緒に行こうと声を掛けようとしたのに、できなかったからだ。
「……いいよ。ボクたちだけでいこう」
吉清が、智子を元気づけるように言った。
◇ ◇ ◇
智子が家に帰り、ランドセルを自分の部屋におくと、すぐに吉清が迎えにきた。二人で自転車に乗って出かけようとしていると、祖母の郁子が畑から帰ってきた。智子は、少し帰りが遅くなることを伝えた。
「気を付けて行くんだよ」
見送る郁子の声を聞きながら、智子は心の中で「どうか、このまま『えん』が切れませんように」と祈った。となりの吉清が、こっちを見ていた。
……きっと同じこと、考えているんだろうな……
智子はそう思った。
◇ ◇ ◇
途中で寄り道をしなかったためか、二人はまだ十分明るいうちに、滝の入り口の石段のところに着いた。
石段の脇の茂みの中に、乱暴に倒れたままの一台の自転車があったが、石段にばかり注目していた二人は気づかなかった。
階段を登り、色づきつつあるススキをかき分け始めると、ひんやりとした空気が漂ってきた。そして、滝の音が徐々に大きく聞こえてくる。智子には、まるで自分たちを脅しているように感じた。
「やっぱり少し、きみわるいよね……」
智子が、吉清のシャツの裾をつかむ。
「早く見つけよう。まだおばあちゃんと『えん』があるうちに」
明るく言っていたが、吉清の息が少し荒くなっていた。
「そうね、行かなくっちゃ」
智子は、気を引き締めた。
智子は、吉清に続いてススキの茂みを掻き分けていった。
そして、二人が最後のススキをかき分け、河原に出たときだった。吉清の目の前に、背中を向けて立っている大きな子供がいた。
「うわっ!」
吉清は予想しなかったことに驚き、思わず大きな声をあげて、勢いよく後ろに飛び退いた。その拍子に、すぐ後ろにいた智子に、吉清は体当たりをしてしまった。
「きゃあああ!」
智子は、何が起こったのかわからないうちに、茂みに後ろむきに倒れこみ、大きな悲鳴をあげた。
智子の大きな悲鳴に、今度はその大きな子供が驚き、飛び上がって振り返った。
「……トモコ!? ヨッシイ?」
その大きな子供は伸行だった。
「ノブくん!」
「なんだ、ノブちゃんか!」
三人の声が重なり、滝の音に混じって河原一杯に響いた。
「なんで……ここにいたの?」
起き上がり、身体についたススキを払いながら、智子が聞いた。まだ心臓がドキドキと動いていた。
「トモコ、『髪留め』のこと、すっげえ気にしてただろ。だから、さがしに来たんだ」
「えっ……」
思いがけない言葉に、智子は驚いた。
「でも……ここ、えんきりの滝なんだよ……一人で来て、ノブ君もだれかにもらったものを落としちゃったら、たいへんだよ……」
智子が、口ごもりながら言うと、伸行は笑った。
「ちげえよ。先生に、この滝のこと聞いたら、『たぶん滝行の場所だろう』だってさ。ほら、あそこ見ろよ」
伸行が、指差した滝つぼには、真っ白な着物を着た男が、両手をあわせて、滝に打たれていた。
智子は目を見開いて驚いた。
「ゆ、ゆうれ……っ!」
大きな悲鳴を挙げかけた智子の口を、伸行が手で押さえた。
「ちがうって! しゅぎょうをしてる人だよ! それに、佐藤のあの話、うそっぱちだよ!」
「ええっ!?」
伸行が手を離すと、智子は丸く大きな目をぱちぱちと瞬かせながら、声をあげた。
「えんきりの滝の話、つくり話だってさ。あいつ、はくじょうしたよ!」




