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76・『アンドレアス』(第三者視点)

アンドレアスのネタバレ回です。

 中の宮殿を、狼蜘蛛に乗ったガートルードとモルガンが脱出した少し後――。



(不覚を取った)



 豪奢な寝台に横たわり、アンドレアスは忸怩たる思いに悩まされていた。



 激痛を訴える左半身に、左腕はない。大舞踏会の会場からこの奥の宮殿の私室に運ばれてから、治癒魔法使いは必死に魔法をかけ続けてくれたが、モルガンによって切断された左腕はとうとう元に戻らなかったのだ。



 血流を絶たれ、どす黒く変色した左腕を前に治癒魔法使いは己の無力を嘆いた。しかし治癒魔法は万能ではない。切断された四肢を元通り接着できるほどの天才は、百年に一度現れればいい方だ。



 この時代に天才が現れなかったのは、アンドレアスの予定通りだった。



 予定通りにいかなかったのは、アンドレアスの息子であるヴォルフラムがわずか三歳でありながら治癒魔法の遣い手であったこと。まっさきに駆けつけたヴォルフラムによって腕と脇腹の深い傷は完全に塞がりこそしなかったが、ある程度の止血がかなってしまったこと。



 いずれ絶命する結末に変わりはあるまい。この身体は血を流しすぎた。

 だが『増幅したモルガンの攻撃魔法を受け、その場で絶命する』というアンドレアスの計画は完全に狂ってしまった。もはや一刻の猶予もないというのに。



『……様』

『わ、たくシ、は、もウ』

『どこ、……どこナの、……様……』



 地の底からじわじわと染み出てくる彼女の声は弱々しくなってゆき、そのくせねっとりとアンドレアスの鼓膜に絡みつく。対してアレの気配はどんどん存在感を増し、かつての脅威を思い出さずにはいられないほどだ。



 早く死んで、この身体を彼女に与えなければならない。そして次の身体で帝国を掌握するのだ。次の身体はまだ皇宮に留まっているはず。



(予定ならすでに次の身体で公爵たちを始末していたものを)



『……先日、ブラックモア卿の希望で、ひそかに対面の場を持った。その折、あの男は打診してきたのだ。皇后を廃し、ヴォルフラムも廃嫡した上で、ガートルード皇妃を皇后に立てないかと』



 正式な交渉の場以外で、モルガンがアンドレアスに接触してきたことはない。あれは偽りだ。コンスタンツェを駒として動かすための。



 何も知らないコンスタンツェは、アンドレアスの期待通りに動いてくれた。アンドレアスが『愛の証』だと言って渡した短剣でモルガンに襲いかかってくれたのだ。モルガンさえ殺せば、自分もヴォルフラムも廃されずに済むのだと信じて。



 愚かと言うしかない。



 衆人環視の中で国賓を、それも不利な交渉の相手である女王の使者を殺して、明るい未来が開けるわけがないではないか。



 こちらはヴォルフラムのため、大切な王女を無理やり側室にした立場なのだ。しかもその王女が皇族の血を引く貴族に害されかけたことで、怒った女王が差し向けた使者を、皇后が殺す。もみ消すにも目撃者が多すぎる。



 シルヴァーナ王国は完全に帝国を敵と定め、非難するだろう。シルヴァーナ王国自体の兵力は帝国に遠く及ばないが、シルヴァーナに恩のある、あるいは恩を売りたい国々、帝国に怨恨を抱く国々は次々と援軍を出すにちがいない。



 帝国も帝国で、貴族たちは今度こそコンスタンツェを廃するべきだと主張する。そしてコンスタンツェは彼らの声にあらがえない。

 ヴォルフラム共々廃され、シルヴァーナに差し出されるだろう。少しでも女王の怒りを鎮めてもらうための生け贄として。



 コンスタンツェの行動は、彼女にもヴォルフラムにも帝国にも絶望しかもたらさない。



 まともな頭があれば、少し考えるだけでわかるはずだ。

 なのにコンスタンツェは突っ走った。元々低い判断力が、長らくアンドレアスと共に在ったせいでさらに弱まっていたのもあるだろう。



 だが最終的にコンスタンツェを突き動かしたのは、彼女自身だ。低い身分から帝国最高の男に見初められた自分。なにを犠牲にしてでも愛され守られる自分。愛する男の世継ぎを産んだ唯一の女。



 そんな自分が可愛くてたまらなかった。失いたくなかったのだ。アンドレアスよりも、ヴォルフラムよりも。



 だからコンスタンツェはアンドレアスの期待に応えてくれた。

 彼女をかばい、腕が切り飛ばされ脇腹に致命傷を負った時、この女を選んで本当に良かったと思った。最も効果的にこの身体を捨てられる上、ヴォルフラムという次の候補まで作ってくれたのだから。あの瘴気を蓄積させる体質だけは想定外だったが、シルヴァーナの王女を確保しておけば次を作るまでは持つだろうと。



 まさかそのヴォルフラムこそが、予定を狂わせる元凶になるとは――。



(今頃、公爵は大張り切りであろうな)



 モルガンにコンスタンツェを襲わせ、アンドレアスがかばって死ぬ。狂乱状態のコンスタンツェと幼いガートルード、ヴォルフラムに代わり、最も高い帝位継承権を持つ公爵が現場を取りしきり、なし崩し的にコンスタンツェとヴォルフラムを幽閉し、新たな皇帝になる。

 それがアンドレアスと公爵の取り決めだった。



 しかしアンドレアスの予定は違う。この身体が死にしだい次の身体に移り、公爵もモルガンも処分してしまうつもりだった。



 女神の愛し子ともてはやされようと、ガートルードはしょせん幼女だ。目の前で起きた惨劇に怯え、なにもできないだろうし、神使も彼女が脅かされない限りは沈黙を保つだろう。そう、たかを括っていたのだ。まさか聖ブリュンヒルデ勲章をあそこで振りかざし、モルガンを連れ去るとは……。



『……い、様……』



 また彼女の苦しげな声が響く。



「く、……」

「アンドレアス様! アンドレアス様ぁぁぁ! 死なないで! 私を置いていかないで!」



 思わず呻いたとたん、枕元にかじりついたコンスタンツェが泣き叫ぶ。



 もはや助かるまい、ならば最愛の皇后と二人だけにして欲しいとアンドレアスが願ったので、すっかり悲劇に酔いしれてしまっているようだ。共に会場を去ってきたヴォルフラムも体調を崩し、隣室で休んでいるというのに、様子を見に行こうともしない。



 コンスタンツェを留めたのは万が一にもこの身体が持ち直さないよう、治癒魔法使いを追い出しておくための方便に過ぎなかったのだが。



「アンドレアス様! 私のアンドレアス様!」



 鈍った耳にさえきんきんと響くわめき声。



(……耳障りな)



 もうこの女の務めは終わった。よくさえずる口を永遠に閉ざしてやりたいが、この身体では不可能だ。次の身体に移れば……移らなければ、計画が……!



 ……ドッ、クン。



 弱った心臓が不穏に脈打ち、意識に雑音が混じる。



 ――いいざまだな。



 久しぶりに聞いた声に、身体が動くなら舌打ちをしていただろう。



 ――計画通りにいかないことが、そんなに不愉快か?  アンドレアスよ。



(貴様……)



 まだ、残っていたのか。完全に封じ込めてやったはずなのに。コンスタンツェ同様、用済みのぶんざいで。



 渦巻く罵倒をアンドレアスは呑み込んだが、声はなおも続く。



 ――死に損ないの肉体に閉じ込められ、身動きが取れぬとは。何人もの肉体を脱ぎ捨て、あの女に捧げてきたお前がな。



 ――すべては己の思い通りに動くとでも思っていたのか?



 ――その慢心が今の無様な状況を招いたのだ。取るに足らぬと馬鹿にしていた存在に、足を掬われた気持ちはどうだ?



 ――お前は己が思うほど有能ではない。ただ成功体験にしがみつくだけの、意地汚い愚者だ。



(……ふざけるな! 貴様になにがわかる!? ただ安穏と帝位を受け継いだだけの苦労知らずのくせに!)



 とうとう我慢しきれなくなったのは、限界の近い肉体に引きずられたせいか。

 しまった、と思った時には遅かった。乱れた意識が奥底から這い出てきた手に押さえつけられ……反転する。支配する側から、支配される側へ。



(まさか、……この身体がなかなか死なないのは、こやつが……)



 ――しばらくおとなしくしていることだ。なに、そう長い間ではない。……初代皇帝アンドレアスよ。



 我が身を取り戻した現皇帝にして第六代皇帝アンドレアスは、死に近い身体で不敵な笑みを浮かべた。


『(初代皇帝)アンドレアス』

『(第六代皇帝)(超)アンドレアス』

どちらも『アンドレアス』


初代と現皇帝が同じ名前というのは既出の情報、というわけで、まさかの超アンドレアスが最大のヒントでした。ガートルードが真実に一番近いところにいましたね(本人はまったく気づいていませんが)。

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― 新着の感想 ―
理解した だから歴代は徹底して同じ特徴を持つものを次代に据えてたのか
まさに、全てを覆す超に相応しい
これもしかしてジークフリートの言う欠陥品やエリーゼを殺したも同然の男ってヴォルフラムや超アンドレアスではなく自分自身のことを指してたんですかね? 欠陥品→ジークフリートはアダマン王国の民の素質をそっ…
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