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70・転生ものぐさ皇妃と完璧くん

「なんのお役にも立てませんでしたね」



 立ち去るクライネルト侯爵とレベッカを並んで見送りながら、ヴォルフラムがつぶやいた。



「え?」

「皇妃殿下はお一人でレベッカ嬢を助けられました。もう侯爵が彼女に無理を強いることはないでしょう。……お見事です」



 晴れ晴れしたような、どこかさみしそうな横顔はやはり三歳児のものではなかった。前世、クラスメイトの前で吐いてしまい、途方に暮れていた少年がガートルードの脳裏に浮かぶ。



「そんなことはありません。突然神域に連れていってしまったのに、ヴォルフラム殿下は慌てず、レベッカ嬢を安心させてくださったではありませんか」



 普通の三歳児なら突然親のそばからわけのわからない空間に連れ去られ、泣きわめくはずだが、ヴォルフラムは終始冷静だった。レベッカが比較的すぐ落ち着いてくれたのは、自分より幼い皇子が取り乱していないおかげでもあっただろう。



「……そのようなことは、誰にでもできます」

「ヴォルフラム殿下?」

「ただ私は、貴方のために……」



 ヴォルフラムはしばしうつむいていたが、やがてなにかを吹っ切ったように顔を上げた。



「それにしても、皇妃殿下は器が大きくていらっしゃいますね。普通の貴婦人ならば、あのような処置は疎まれると思うのですが」



 あのような処置とは、レベッカの嘔吐の始末をしたことだろう。

 確かに普通の貴婦人なら眉をひそめ、近づこうともしないシーンだ。自分の子の粗相でも、使用人に任せるだろう。



「汚いとは、思われなかったのですか?」



 なぜか意を決したように問われ、ガートルードはとまどいながら答える。



「汚くない……わけではありませんが、誰のお腹の中にだって入っているものでしょう。栄養になってくれるのに、汚いなんて思いませんよ」

「……!」



 その瞬間、息を呑んだヴォルフラムが弾かれたように振り返った。



 白い頬は紅潮し、翡翠色の双眸は狂おしい光を宿しながら潤んでいる。まるで長く苦しい旅路の果てに、オアシスにたどり着いた旅人のように。



(……どうして、そんなふうに見るの?)



 疑問と共に懐かしさがこみ上げるのはなぜなのか。



「皇妃殿下、貴方は」

「ヴォ、ヴォルフラム殿下?」

「貴方は、……君は、やっぱり……」

「……ヴォルフラム!」



 ヴォルフラムが震える手を伸ばした時、ヒールの音をカツカツと響かせながらコンスタンツェが詰め寄ってきた。ぎらつく目がガートルードを射貫く前に、レシェフモートが進み出る。



「っ……、いつまで遊んでいるのですか。貴方とお話ししたいご令嬢はまだたくさんいらっしゃるのですよ」



 氷よりも冷たい金の瞳に睥睨され、コンスタンツェは悔しげに唇を噛みながらヴォルフラムの細い腕を掴んだ。

 レシェフモートがいなければ、罵声の一つでもガートルードに浴びせてやりたかったのだろう。ガートルードが要らぬ世話を焼いたせいで、一番優良な妃候補に逃げられたと思い込んでいるはずだから。



「皇后陛下、あの」



 わかっていながら口を挟んだのは、苦痛にゆがむヴォルフラムの顔を見ていられなかったせいだ。ただ手を離してあげて欲しいと、そう言いたいだけだったのに。



「お黙りなさい! 格下の皇妃ふぜいから皇后の私に話しかけるなど、おこがましい!」



 コンスタンツェが怒りもあらわにがなりたてた瞬間、レシェフモートの魔力が炸裂した――まではわかった。

 でも。



「――我らが貴婦人に対する無礼、いかに皇后といえども聞き逃せん」

「我が淑女レディほど慈悲深くつつましいお方などいるわけがない」



 一瞬にして目の前に出現したジークフリートとリュディガーがそれぞれの剣の柄に手をかけ、並んでコンスタンツェを威嚇している状況はわけがわからなかった。なぜかレシェフモートが舌打ちせんばかりに美貌をゆがめているのも。



「「無礼を詫びよ」」



 ジークフリートとリュディガーの低い警告がぴたりと重なった。容姿はまるで似ていない二人だが、そうしていると確かな血のつながりを感じさせる。



 もしもガートルードに二人と同等の動体視力があれば、その目で捉えることができただろう。

 魔力が炸裂した瞬間、レシェフモートの腕が巨大な蜘蛛の脚に変化したところを。コンスタンツェの首を一振りで落とす寸前にジークフリートとリュディガーが駆けつけ、ジークフリートの大剣が蜘蛛の脚をすれすれで弾き、鞘に納められたところも。



 その時、リュディガーがジークフリートの全身を身体強化の魔法で保護しなければ、いかに規格外の身体能力を誇るジークフリートといえども、腕がちぎれ飛んでいたはずだ。やわな女の首を落とすだけだからと、レシェフモートがかなり手加減をしていたのも幸運だった。



 己が慢心を悔やみつつも、レシェフモートはもうコンスタンツェに手出しはできない。コンスタンツェを始末するにはまず二人の騎士を排除せねばならず、そんな真似をすればガートルードが嘆き悲しむから。



 刹那の交錯。

 その全容を知るのは二人の騎士と、異形のみ。



「な、な、な……っ……」



 だからコンスタンツェは屈辱にわなわなと身を震わせる。近衛騎士団長たるリュディガーも、対魔騎士団長たるジークフリートも、皇后を第一に崇め奉るべき存在。飼い犬に手を噛まれたも同然だと。



 彼らこそが命の恩人。彼らが動かなければ、今ごろコンスタンツェの首と胴は泣き別れしていたのに。



「貴方たち……、皇后たるこの私に、なんという口を……」

「――皇后陛下。皇妃殿下にお詫びを」



 幼子らしからぬ冷静さで忠告したのは、ヴォルフラムだった。



「皇妃殿下は我が命の恩人。欠けた身の私のため、幼い御身で帝国に輿入れしてくださったお方です」

「ヴォ、ヴォルフラム……」

「そもそも皇妃殿下の輿入れを懇願されたのは、皇帝陛下と皇后陛下でいらっしゃる。王女のお生まれでありながら皇妃となられたのは皇后陛下がいらしたからではありませんか」



 細い腕を掴むコンスタンツェの手から力が抜けていく。

 ヴォルフラムは数歩距離を取り、コンスタンツェを見上げた。まだ母親より低く小さな身体が、一回り以上大きく見える。



「どうかお詫びを。……さもなくばこのヴォルフラム、恥ずかしくて皇妃殿下の御前に顔をさらせません」



 いつの間にか楽隊の音楽もやみ、痛いほど静まり返った空間に、ヴォルフラムの高い声はよく響いた。

 ダンスに興じていた貴族たちも動きを止め、食い入るようにコンスタンツェを凝視している。視線に怒気が混じるのは対魔騎士団の騎士たちだ。



 彼らにとって、騎士団の貴婦人はコンスタンツェではなくガートルード。

 貴婦人の名誉が傷つけられれば、憤るのは当たり前だ。彼らの長たるジークフリートが先頭に立っていなかったら、コンスタンツェの前には怒れる騎士たちが謝罪を求め、殺到しただろう。



 シルヴァーナ王国の賓客、モルガンもまた侮蔑の表情を隠さない。ガートルードを呼び戻そうとしている女王の使者に、帝国の威容を見せつけるどころか醜態ばかりさらしてしまっている。



 モルガンが非難の声を上げる前に平身低頭して詫びる。それがコンスタンツェにできる唯一にして最高の打開策だった。



 だが、迷わずそれができるような人間なら、そもそもガートルードにあのような暴言をぶつけたりはしない。



「……、……っ……」



 刺々しい空気の中、コンスタンツェはすがるような視線をさまよわせるが、助け船を出す者は――。



「余が代わりに詫びよう」



 高座からアンドレアスが進み出ると、周囲からざわめきが上がった。


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― 新着の感想 ―
  あらあらあら♪ コンスタンツェ価値評価落下は止まらない♪
代わりに謝ったって夫婦揃って評価下がるだけだよねー。あれ?これが前話のフリに絡むのかな? ポンコツがまた最高権力者に庇われるワ・タ・シ♥️に浮かれて、愛されないオ・マ・エに勝ち誇るのが目に浮かぶぞー
皇子にとってゲロのやり取りはんもーオアシス、パラダイス、姫様だらけのハーレムに辿り着いたようなもんですよ(違う!) さて… 「「「「「詫ーびーろーっ\(・∀・)/」」」」」 「「「「「それっ詫ーびーろ…
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