53・転生ものぐさ皇妃と神使の考察
「そもそも対魔騎士団が揃って帰還できたのは、皇妃殿下が魔獣の群れを消滅させてくださったからなんですよ!? 私が対魔騎士団の騎士なら、皇后陛下より皇妃殿下に忠誠を誓います!」
エルマが力説すれば、ロッテもめずらしく熱のある表情で同意する。
「ましてや皇妃殿下は聖ブリュンヒルデ勲章を授かっておられる上、シルヴァーナ王国の王女殿下でもあられます。ご側室とは言え、皇帝陛下の伴侶であられることに変わりはございません。ならば皇妃殿下も、対魔騎士団の貴婦人たられる資格をお持ちかと。皇后陛下もそう思われたからこそ、こたびの暴挙に及ばれたのではないかと愚考いたします」
……コンスタンツェに対する口調にだんだん棘が含まれていくのは、気のせいだろうか。レシェフモートもうんうんと頷いている。
「……え、ええと、つまり、皇后陛下はわたしに対魔騎士団の貴婦人の座を奪われるんじゃないかと心配するあまり、紅色を着るなって言ってきた、ってこと?」
「仰せの通りです」
エルマ、ロッテ、レシェフモートが異口同音に答える。この三人、だんだん息が合ってきている。ガートルードだけが置いてけぼりだ。主人なのに。
「皇后陛下もですが、皇帝陛下も対魔騎士団には快く思われていらっしゃいません。手は打っておきましたし、神使様がいらっしゃればなんの心配もないかとは思いますが、どうかご用心くださいませ」
(皇帝陛下……超アンドレアス……)
半月以上前、隠し通路から突然現れ、歴代皇帝廟へ導いたアンドレアス。『不朽の屍櫃』にパスワードを設定して封印を施したあの日から、形式上の夫である彼と顔を合わせたことはない。
『不朽の屍櫃』を作った同じ時代の日本人と思われる魔法道具職人や、職人が七百年前のアダマン王国に現れたことなどについては、皇帝廟から皇妃の宮殿に戻ってすぐレシェフモートに話してある。
『その職人も、いずれかの神によって召喚されたのでしょう』
レシェフモートはそう推察し、前世のガートルード……櫻井佳那とほぼ同じ時代に生きていた職人がガートルードの生まれる七百年前も前の時代に召喚されたことについて、じゅうぶんありうることだと断じた。
『たとえば、こちらですが』
そう言ってレシェフモートが出してくれたのは、以前ガートルードがリクエストして作ってもらったヴィクトリアケーキだ。
バターたっぷりのスポンジケーキを二枚に分けて焼き、ラズベリージャムとバタークリームをサンドしたケーキである。表面には粉糖がたっぷりまぶされている。
レシェフモートは慣れた手つきで円形のケーキを八分の一等分にカットすると、皿にのせ、フォークを添えた。
『我が女神なら、どのように召し上がりますか?』
『どうって……こうでしょ?』
ガートルードは尖った先端の部分をフォークで切り取り、口に運んだ。ガートルードでなくても、たいていの人間は同じ食べ方をするだろう。
『では、このような場合は?』
今度は八分の一カットのケーキが横に倒した状態で出された。ガートルードはとまどいつつも、側面部分にフォークを入れて食べる。
それからもレシェフモートは逆側に倒したり、尖った部分ではなく円の部分を手前にしたりと、様々な状態でケーキを出し、そのたびにガートルードは様々な方向からケーキにフォークを入れる。
最初はわけがわからなかったが、『ケーキが時間、フォークが異世界から召喚される人間だと思ってください』と言われると少しずつ腑に落ちた。
『本来時間の流れとは一方通行の不可逆的なものではなく、このケーキが様々な材料から焼き上げられたように、様々な時代が混ざりあったものです。七百年前の時代は私たちにとっては遠い過去ですが、その時代を生きた者にとっては現代。さらに七百年後の人々から見れば、私たちは過去の存在ということになるでしょう』
レシェフモートの説明に頷き、ガートルードは粉糖の振られた表面をフォークで指した。
『つまりこの部分がわたし……ガートルードが生まれた時代だとして、わたしはここに呼ばれたから、この時代に転生することになった。でも』
同じケーキを横に倒し、ラズベリージャムとバタークリームのサンドされた側面を指す。
『この部分が七百年前だとして、例の職人さんはここに呼ばれたから七百年前に迷い込んだ……ってこと、よね』
『おっしゃる通りです。わかりやすいようこのようにカットしましたが、実際は一年前、半年前、三日前、十年前、百年後……など、フォークを入れる位置によって無数の時間軸が存在します』
つまり少しフォークがずれれば、同じ世界の同じ時代から呼ばれたとしても、まるで別の時代を引き当ててしまうわけだ。
と、いうことは。
『わたしももう少しずれていたら、レシェと出逢えなかったかもしれないのね』
『我が女神……』
『この時代に呼ばれて、良かったわ。レシェがいない世界なんて絶対に嫌だもの』
『ああ、我が女神、我が女神……なんと愛おしいことを……!』
感激したレシェフモートに抱き締められ、蜘蛛の巣よろしく絡みついてきた銀髪にあやうくからめとられそうになったりしつつもどうにか脱出し、こてん、とガートルードは首を傾げた。
『でも超アンドレアスは、例の職人はアダマン王国に流れ着いた、って言っていたわ。しかも王宮の学者も知らない言葉を話し、誰も見たことのない衣装をまとい、誰とも違う容姿をしていて、王様に保護されたって』
ということはおそらく、職人はガートルードのように現地の人間に転生したのではなく、肉体ごとこちらの世界に召喚されたのだ。現代日本の服や日本人の容姿はこちらでは奇怪に映るだろうし、日本語がわかる者はいないはずだから。
『召喚ができるのは神様だけなんでしょう? なにかの目的があって呼ばれたんでしょうに、そのまま放置されたってことじゃない?』
『……神の考えることはわかりかねますが、事実だけをかんがみるならば、そういうことになりますね』
ガートルードが前世で読みふけった小説では、召喚された人が異世界で生きること……それによって生じる変化そのものが目的、という場合もあったが、アンドレアスの話を聞いた限り、かの職人はそこまで劇的な変革をもたらしたわけでもなさそうだ。いや、『不朽の屍櫃』はじゅうぶん破格の性能だとは思うけれど。
ガートルードを召喚したのは女神シルヴァーナだったらしい。
ならばかの職人を召喚したのも女神シルヴァーナだったのか、別の神だったのか。果たしてなんのためにかの職人を呼び、放置していたのか。それについては、女神シルヴァーナの意図も不明のままだが……。
なんにせよ、七百年前のことはもはや調べようがない。考えるべきは今……アンドレアスのことだ。
相思相愛の妻コンスタンツェにも、リュディガーのような親族にも家臣にも頼れず、ガートルードにしか頼れなかったのはなぜなのか。なぜ……このタイミングだったのか。いつもと違う雰囲気はなんだったのか。
考えても考えても答えは出ず、アンドレアスが再び隠し通路から現れることもなく、今日という日を迎えてしまったのである。コンスタンツェからの要望もあり、不安要素だらけの式典スタートになってしまった。




