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間奏1-2・王妃の憂鬱(フローラ視点)

『ガートルード殿下はお輿入れの道中、ならず者に襲われた村をお救いになったとか』

『剣を捧げた淑女レディのためならと、あのフォルトナー卿がたったお一人でならず者どもを成敗なさったそうよ』



『しかもガートルード殿下には、女神シルヴァーナが神使をお遣わしになったのでしょう? たいそう見目麗しく、女神の色彩もまとっているそうよ』

『破廉恥な姉君のため、民のために御身を捧げる慈悲深さと健気さを、女神も愛おしく思われたのでしょうね』



『聞きました? 帝国で起きたブライトクロイツ公爵の反乱、鎮圧にガートルード殿下がお力を尽くされたとか』

『ガートルード殿下が女神に祈り、ヴォルフラム皇子は凛々しい少年に成長なされたのですって』

『まさに女神の奇跡ですわ。使者として赴かれているブラックモア侯爵も殿下に心酔され、献身的に働いておいでだそうよ』



『……それに比べて、フローラ様は』



『あんな恥知らずな真似をしておいて、女王陛下の慈悲で追い出されずに済んだというのに、侍女やメイドに当たり散らすなんて』

『とてもガートルード殿下の姉君とは思えませんわ』

『大目に見て差し上げましょうよ。どうせあの方が王女のようにふるまえるのはあと少しですもの』



 ――王女のように、ではないわ。わたくしは王女よ!



 重い悪阻つわりを堪えながら、何度心の中で叫んだだろう。実際に口にしなかったのは、抗議したところで一笑に付されるだけだとわかっていたからだ。



『生まれた子は私が責任持って育てますから、貴方はなにも心配しなくていいのですよ』



 クローディア女王の慈愛も。



『お前のしたことは決して許されないが、生まれてくる子に罪はない。私が立派な王族になれるよう導こう』



 ドローレス王太女の責任感も。



『一度つまずいたらすべてが終わってしまうわけではないわ。貴方の人生はこれからよ』



 エメライン王女の優しさも。



 全部全部、癪に障った。

 これからもシルヴァーナ最高の女として、地位も名誉も財産も美しい男たちもほしいままにするくせに。はるか高みから投げかけられる言葉は、フローラにとって毒でしかない。



(オズワルドはわたくしを、王妃にすると言った)



 王妃。

 王という最高の男に並び立つ地位は、自ら政を執る女王に比べれば低い。

 けれど女王が統治する国など大陸中見渡してもシルヴァーナ王国くらいだ。最高の男に乞われ、妻となる。自分では面倒な国政にも関わらなくて良い。誰よりも華やかに装い、微笑んでいればいいだけ。それは努力と勤勉と義務をなにより疎むフローラにとって、願ってもない立場だ。

 ……それに。



(『王妃』は、『王女』より確実に上よね)



 その時、フローラはアンドレアスという夫を喪ったガートルードが祖国に出戻ってくるものだと信じて疑わなかった。

 未婚のまま妊娠したフローラだが、夫亡き後の婚家の居心地が良くないことくらい、察しがつく。ましてやガートルードはまだ六歳で、当然ながら子どももいないのだ。

 祖国に帰り、姉女王に庇護されながら新たな夫を与えてもらう。それがガートルードの取れる最高の手段のはずだ。



 オズワルドもガートルードまでは殺さないだろう。あの男とて、シルヴァーナ王国で女神の血を引かない者、しかも女王殺しの男が王としてすんなり認められるわけがないことくらい、わかっている。傷物のフローラを王妃に迎えたがるのは、己の地位を少しでも盤石にするためだ。



 ならばガートルードは王国へ呼び戻され、オズワルドに利益をもたらす相手へ下賜されるはず。それまでは王女として何不自由ない暮らしが保証されるだろう。



 その際、ガートルードの養育を任されるのは『王妃』たるフローラだ。実際の世話は使用人が行うが、その采配を振るうのはフローラ。……つまりガートルードの生殺与奪の権利をフローラが握るということ。



 フローラをみじめな境遇に堕としたガートルードを、今度はフローラがいいように扱える。



『……わかりました。貴方の妃になります』



 フローラは悪魔のささやきに屈し、オズワルドの手を取った。妹としての感情よりも、王女としての責務よりも、現実の栄光を取った。シルヴァーナ王国最高の女になれば、ガートルードにも慈悲を垂れてやれると思った。



 でも、現実は。



 ふと肌寒さで目を覚ませば、部屋の中には誰もいなかった。うるさくさえずっていた侍女たちも。あれからフローラが癇癪を起こして『出ておゆき!』と怒鳴ったので、これ幸いと従ったのだろう。その後、眠り込んでしまったらしい。

 クローディア女王が付けてくれた中年の侍女なら、そっと様子を見に来て、ベッドまで運んでくれただろうに。



 フローラを本当の意味で心配してくれる人は、もういない。



「……出てきなさい、セクレト」



 苛立ちのまま呼びかければ、ゆがんだ虚空から溶け出るように一人の男が現れた。屈強な体格の長身。目元以外を覆う面布の下に、研ぎ澄まされた刃を思わせる端整な顔が隠れていると知るのはフローラだけ。



「わたくしを慰めなさい」

「……仰せのままに」



 命じられるがまま、男はフローラの足元にひざまずき、面布を取った。



フローラ編、終了です。

どん底にいる時は、まっとうな意見ほどわずらわしく感じられるのかもしれません。

セクレトは4章で本格的に登場します。

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