64・王魔の乱、その始まり
ガートルードは気づいた。モルガンがいつもなら幼い少女には決して伝えないだろう女王の闇の部分まで語ったのは、自分が呼び出された理由を察しているからだと。
おそらく、ジーンも。
「わたしは、お姉様たちを殺した僭王を倒し、僭王を操る禍神シルヴァーナを踏んづけて、きっちり落とし前をつけさせたい。……わたしに……、力を貸してくれますか?」
行く手に待ち構えるのは禍神とオズワルドだけではない。もしかしたら同じ人間の方が手強く、おぞましいのかもしれない。
でも、ガートルードには支えてくれる人たちがいる。
ひたすら一人で踏ん張るしかなかった前世とは違う。一人じゃなければきっと、どんな願いも叶えられるはずだから。
「我らが唯一絶対の女王に、永久の忠誠を」
モルガンとジーン。
後にそれぞれ『紳士の中の紳士』、『大破邪魔法使い』として、ガートルード女王の腹心中の腹心として語り継がれることになる二人は、揃ってひざまずき、女王の小さな足の爪先に口付けたのだった。
数日後。
ソベリオン帝国皇帝ヴォルフラムはシルヴァーナ王国で起きた政変『ルナフレアの悲劇』について公表。亡き女王クローディアの王配オズワルドをその犯人として糾弾した。
同時に皇帝ヴォルフラムは自国の皇妃であったガートルード王女こそシルヴァーナ王国最後の直系王女であり、正統なる王位継承権者――クローディアの後を継ぐべき新たな女王だと主張した。
『ガートルード女王は我が恩人であり、帝国の恩人でもあられるお方。余も我が帝国も正統なる女王への協力と献身を惜しまぬ』
皇帝ヴォルフラムは自ら帝国軍を率い、ガートルード女王が僭王オズワルドを打倒し、王国を奪還するための女王親征軍に加わると宣言。ガートルード女王に心酔する多くの貴族や騎士が女王のもとへ馳せ参じ、膨れ上がったため、皇帝が数を制限する事態にまで陥った。
ガートルード女王もまた自らの王位を主張すると同時に、シルヴァーナ王国内の貴族に向け、女王の旗のもとへ集うよう檄を飛ばした。これによりシルヴァーナ貴族は素直に応じる女王派、趨勢を見極め有利な側に付こうとする日和見派、オズワルドに忠誠を誓う僭王派の三つに分裂していくことになる。
一連の動きに対し、オズワルドも反論。
『クローディア女王、ドローレス王太女、エメライン王女はエメライン王女の側近であった破邪魔法使いジーンによって毒殺された。我が王位はクローディア女王の遺言による指名であり、女神シルヴァーナも祝福なさっている』
『破邪魔法使いジーンは帝国へ逃げ込んだ。女王殺しの大罪人をかくまう皇帝ヴォルフラムこそ、女王殺しの首謀者なのではないか』
『余は女神に認められた王として、皇帝を女神の裁きにかけなければならぬ。有罪ならば死をもって償わせよう』
『皇帝は王女の幼さに付け込んで傀儡とし、我が王国を蹂躙せんともくろむ餓狼である。王国軍全軍をもって返り討ちにしてくれる』
『心正しき王国貴族は神聖なる王オズワルドのもとへ集え。餓狼から王国を守り、ガートルード王女を救うために。女神シルヴァーナ、我が王妃フローラもそれを望んでいる』
民を救うため幼い身を帝国へ捧げたガートルードは、王国内でも人気が高い王女だ。ひょっとしたらクローディア女王よりも。
そんなガートルードと対決するのではなく、あくまで帝国とヴォルフラムを矢面に立たせるのは、国内貴族と民に対する配慮であると同時に人心掌握のための戦略だろう。王宮を雷雲で覆い、貴族軍を殲滅したオズワルドは畏れられているが、美しい姫君を救おうとする騎士道精神と慈愛の主なら、怖いだけの王ではないのかもしれない。そう思わせるのだ。
しかし、民は騙せても、老獪な貴族たちまでは騙せない。
よほど愚鈍でない限り、オズワルドの言い分をそのまま信じる貴族などいない。ヴォルフラムにクローディア女王を殺す理由はないからだ。クローディア女王が死んで、ヴォルフラムが得るものはない。ましてやヴォルフラムはつい最近まで瘴気に苦しんでいた、実年齢三歳の幼児なのだ。他国の女王暗殺など考える余地もなかったはずだ。
しかも暗殺の実行犯とされたジーンは、エメライン王女の側近だった。シルヴァーナ王国からは出たことがなく、ヴォルフラムとのつながりはない。
クローディア女王を殺して最も得をするのは、オズワルドその人だ。オズワルドこそが真の大罪人だと、ほとんどの者が確信している。
だが真実など、現実の利益に比べたら塵芥ほどの価値もない。
これまで聖流貴族によって独占されてきた利権や地位を奪い取ろうと野心を燃やす者――主にこれまで高位貴族に踏みにじられてきた下級貴族は、こぞってオズワルドに味方した。大きな武功を上げれば、餓狼皇帝から『奪還』したガートルード王女の婿になれるかもしれないと、大それた夢を抱く者も少なくなかった。……それはシルヴァーナ王国の者に限った話ではなかったのだが。
オズワルド王と、皇帝ヴォルフラム。
両者の主張は交わることのない平行線を描き、やがて決裂する。
後世、『王魔の乱』と呼ばれた戦乱は、もたらされた戦禍の甚大さとは裏腹に、中宵に降る雪のように静かに始まった。




