49・美蝕の零公子
てくてく、てくてく。
おみ足隊(偽)を突破してからの道のりは、恐ろしいほど静かで穏やかだった。彼方に見える光目指して歩きながら、ガートルードは隣の男に問いかける。
『ねえ、ジーンはエメラインお姉様が好きだったんでしょう? 恋愛的な意味で』
『……ずいぶん、下世話な聞き方ですね。姫君のくせに』
じとりと横目で睨まれ、ガートルードはつんと唇を尖らせた。
『だって貴方の心の中はしっかり見えてしまったし、貴方だってわたしがお人形さんみたいな姫君だとは思っていないでしょう?』
最低最悪のクソッタレの馬鹿野郎と連呼してしまったし、姫君らしくない言動ばかり取った自覚はある。今さら取り繕っても意味はない。
虚空を見上げながら、はあ、とジーンは息を吐いた。
『……びっくり箱みたいな女の子だと、エメライン様はおっしゃっていましたよ』
『わたしのこと?』
『はい。いつものんびりしているのに、時々思いがけないことをしたり、エメライン様も知らないような話を聞かせてくれるので、ずっと一緒にいても退屈しないと』
女王であるクローディア、王太女のドローレスに比べれば自由のきく身だったエメラインは、よくガートルードの宮に遊びに来てくれた。いつも美味しいお菓子をたくさん持ってきてくれるので、お礼代わりに前世の知識を『本で読んだ、遠い遠い東の果ての国のお話』として披露したんだっけ。
(エメラインお姉様、興味津々! って感じで聞いてくれるから、つい色々調子に乗ってしゃべっちゃうのよね)
けた外れの美人が楽しそうに相槌を打ってくれれば、口が軽くなるのは前世のオヤジも転生した幼女も同じなのである。と言っても子育てとパートに追われて死んだガートルードに専門的な知識などないので、学校の授業で仕入れた小ネタや、ことわざ程度しか話せなかったけれど。
『――好きでしたよ』
ジーンの声が爪先で引っ掻いたようにかすれた。
『妹姫について話す時の優しい顔も、研究に明け暮れている時の真剣な顔も、不承不承参加したパーティーで淑女らしく微笑んでいる顔も、徹夜続きでやつれたのに目だけ爛々と光らせている顔も、いけすかない貴族にうっかり捕まってどうやって逃げようかと算段している顔も、研究に難癖をつけてくる貴族をこてんぱんにやり込めている時の顔も、夜明けにこっそり焼き菓子を頬張っている時の幸せそうな顔も……どんな瞬間のエメライン様も好きでした。愛しています。もちろん恋愛的な意味で』
『…………』
立て板に水のごとく紡がれた内容に、ガートルードは絶句してしまった。
(お、重い……)
ジーンの愛情は予想の何十倍も重かった。エメラインは彼のこんな本性を知っていたのだろうか。
(……知ってたの……かも……)
その上でそばに置いていたような、そんな気がする。エメラインお姉様ちょっと趣味が悪すぎ、と眉を寄せるガートルードの心の中をエメラインが覗いたなら、『他人のことは言えないのではなくて?』と苦笑したことだろう。
『もちろん、言葉にして伝えたことはありません。あの方には立派な婚約者がいらっしゃいましたから』
『立派な……?』
思わず唇をゆがめてしまったのは、エメラインの婚約者……ルシアン・リリーホワイトにまつわる噂を知っているからだ。有名な話だからジーンも知っているだろうし、なんならルシアン本人とも面識があるだろう。
美蝕の零公子。
ルシアンに献上されたあだ名を初めて聞いた時は、前世の中学二年生がかかる病気の気配を感じ取ったが、遠くからその姿を見かけ、なかなか本質を言い当てていたのだと感心したものだ。
直系王女の歓心を獲得するためだけに美貌を追求し続けてきた聖流貴族、リリーホワイト侯爵家の嫡男は、その血統に宿る美への執念が結実したかのような美形である。シルヴァーナ貴族の理想の体現とも言われていた。ターゲットの一人でもあるガートルード的には、ああいう薔薇の花を咥えて現れそうなタイプは好みではないのだけれど。
ルシアンの両親は彼が幼いころから王家に働きかけ、見事、エメラインの婚約者の座を勝ち取った。ルシアンは治癒魔法に高い適性を見せたが、せっかくの才能を高めることなく、ただ己の美貌を磨き、『直系王女の夫にふさわしい男』であろうと……それだけに専念していた。
美によって運命を決定付けられ、美のためだけに生きる。美に蝕まれた、美しか存在しない男。それがルシアンだ。政略結婚の相手としても、立派とは言いがたいはずなのだが。
ジーンはほろりと苦い笑みを浮かべる。
『立派ですよ。王女にふさわしい身分があって、屋敷も働かずに生きていけるだけの資産もあるんですから。俺はどれも持ち合わせちゃいない』
『……』
でも愛はあるわ、とは言えなかった。愛さえあれば貧しくてもひもじくても幸せ、なんてただの綺麗事だと、ガートルードは前世で思い知ったから。




