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39・ジーンという男5(第三者視点)

『皆の言い分、確かにこのエメライン・シルヴァーナが聞き届けました』



 厳かに告げたエメラインの華奢な身体から、魔力量だけはヘレナも認めるジーンすら圧倒されるほどの魔力が立ちのぼる。

 澄んだ水の流れにも似たそれは、みるまに銀色の天秤を形作った。中央に嵌め込まれた拳大の宝石は縦方向に筋が入り、生き物の瞳を思わせる。



『エ……エメライン殿下、それは……』



 ただならぬ気配を感じ取った魔法院長が、震える指で虚空に浮かぶ天秤を指した。ふふ、と微笑むエメラインは気高き女神のようであり、男を破滅させる悪女のようでもある。



『破邪魔法、『神判しんぱん』。あらゆる善悪と真贋を看破する魔法です』



 対立する当事者がそれぞれ天秤に触れ、自分の主張は真実であると誓う。すると天秤は双方の主張の真実を見抜き、正しき者には祝福を、偽った者には天罰を下す。



 エメラインにより女神の力を宿された天秤は、決して間違えない。貴賤にも人の世のしがらみにも忖度せず、ただ真実だけを告げる。



『ばっ……馬鹿な、そんな破邪魔法、聞いたことがない……!』



 顔面蒼白の魔法院長に、今回ばかりはジーンも同感だった。破邪魔法の適性持ちであり、あらゆる論文を読み漁ってきたジーンさえ、そんな魔法は聞いたためしがなかった。

 あらゆる善悪と真贋を見抜く。権力者にとって都合のよすぎる魔法が実在したならば、とっくに知れ渡っていていいはずなのに。



『それは当然です。『神判』は直系王女のみに伝わる門外不出の秘儀。発動させられるのも、女神の血を濃く引く直系王女だけですから』



 さあ、とエメラインは天秤を手で示した。つかの間、花のごとき美貌によぎったいたずらっ子のような表情に気づいたのは、ジーンだけだっただろう。



『ヘレナ、ジーン。天秤に触れ、女神にかけて真実を述べると誓ってください。そうすれば天秤がすべてを明らかにしてくれます』

『……あ……、あの、エメライン殿下。もしも、もしも偽りだと判断されたら、どうなってしまうのでしょうか……?』



 おずおずと尋ねるヘレナに、エメラインはにっこりと笑いながら答える。



『舌を切られます』

『……っ! そ、そんな……、嘘をついただけで……』

『女神への誓いを破ったのだから、そのくらい当然でしょう? ……それに、ヘレナ。貴方は嘘などついていないのだから、舌を切られるはずがありません』



 もちろん、とエメラインは魔法院長にも笑みを向ける。じりじりと後ずさり、部屋を出ていこうとしていた魔法院長は射すくめられたように立ち止まる。



『貴方も嘘をついていないのだから、なにも恐れる必要はありませんね?』

『……は、……いや、私は……』

『どうしました? 誰も触れられないのですか?』



 もしやと思いつつも、ジーンは首を傾げるエメラインの前に進み出た。天秤の向かって右側の皿に触れ、神妙に告げる。



『私はヘレナ・バルフォアの論文を盗んでいません。女神の名にかけて誓います』



 パア、と天秤の中央の宝石が輝いた。エメラインが頷く。



『確かに見届けました。……ではヘレナ、次は貴方の番ですよ』

『あ……あ、あ……』

『どうしました? 平民のジーンにできたことが、貴族の貴方にできないのですか?』



 ふらついたヘレナをアイリスが慌てて支える。他の聖女たちも真っ青だ。魔法院長にいたっては床にへたり込んでしまっている。



『エメライン殿下……、わ、私は……』

『ああ、言い忘れていましたが』



 ぽん、とエメラインが手を打った。仕草は可愛らしいが、話す内容はちっとも可愛くない。



『嘘のひどさによっては、舌どころか指や四肢まで切断されてしまった者もいるそうです』

『ひ、ひいぃっ!?』

『仕方ないですね、女神への誓いを破ったのですから。……あら? ヘレナ、なぜそんなに震えているのですか?』



 ヘレナに歩み寄るエメラインに合わせ、天秤も宙を移動する。

 エメラインは怯えるヘレナの手を取り、問答無用で引き寄せた。



『私が手伝って差し上げましょう。ほら、ヘレナ』

『い……、嫌……』

『大丈夫、ありえないから。貴方が舌を切られて、手足も切断されてしまうことなんて……』

『嫌ぁぁぁぁぁ! 嘘です、ごめんなさい! 私、嘘をつきました!』



 いやいやをする子どものように激しく首を振りながら、ヘレナは叫んだ。大きく見開かれた双眸から涙がこぼれた瞬間、聖女たちも糸が切れたようにくずおれ、しくしくと泣き始める。



 まだらに金の散った碧眼が、冷ややかにヘレナを見下ろした。



『嘘? ……なぜそのような嘘をついたのですか?』

『……っ……』

『答えなさい。貴方のその嘘で、ジーンは人生を狂わされるところだったのですよ』



 ヘレナは助けを求めるようにアイリスを、次いで魔法院長を見たが、どちらも顔をそむけるだけだった。

 ぼろぼろとこぼれる涙が容赦なく剥がしていく。ヘレナの化粧も、虚栄も。



『……嫌だったから……、です……』

『……』

『スラムの孤児が……、私たちと同じ破邪魔法使いに、なるのが……』



 そんなことで、とは思わなかった。

 だって、たいていは『そんなこと』だ。はたから見れば『どうしてそんなくだらないことのために』と呆れるような動機で他人を傷つける。ジーンのような出自の卑しい人間にならどんな仕打ちをしても構わないと、なんの悪意もなく思っている。

 それがジーンの知る貴族だから。



 だが、ヘレナなどよりよほど高貴なお姫様は、ジーンの予想とはかけ離れた行動ばかり取る。



『……ジーン。貴方はどうしたいですか?』

『私……、ですか?』

『陥れられようとしていたのは貴方です。貴方はヘレナたちに、どのような処分を望みますか?』



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